盆踊り放浪記、2011年夏


盆踊り、それはいつから始まった風習なのだろうか。
広辞苑によると、「盂蘭盆の7月13日から16日にかけて精霊を迎え慰めるために音頭または歌謡に合わせてする踊り。原始舞踏に端を発する。しかし、それが室町時代に民衆娯楽として発達した。」と言う。

室町時代の民衆に感謝! 提灯の明かりが辺りを照らす中、大勢で太鼓の音頭に合わせて踊って汗を流すのは文句なしに楽しい。そういう訳で、今年の夏は盆踊りにはまった。 ともくんの盆踊り情報というHPには、都内の盆踊り情報が順延するかしないかまで、丁寧に書かれており、私は10回を越える盆踊り大会に足を伸ばした。ちょっと通を語れるかも知れない。その汗と音頭と情熱を、ここに、記したい。



7月21日(木) 新橋こいち祭り
このお祭りの名前には、駅から降りてちょっと小一時間楽しめるという意味がこめられている。その名前の通りホームに降り立った時点で、SL広場、そしておやじビル周辺がにぎわっているのがすぐに感じられた。今年のテーマは、頑張れ東北! SLの前にはステージが設置され、いわき市から来たフラダンスチームが踊りを披露している。盆踊り会場は、おやじビル通り沿いにあり、楕円形の輪になって皆既に踊り始めている。
飛んで火に入る夏の虫。 私もその輪に加わった。東北音頭、フラダンスの波の手を取り入れたフラ音頭は、今年の新作らしい。おそろいの浴衣を着た盆踊り連盟のおばちゃん達は、今日のために一生懸命マスターしたのだろう、フラっぽい音頭に合わせて楽しそうに腰を振る。今年は節電のため、9時きっかりに終了。

7月22日(金) 新橋こいち祭り
今日も意気込んで新橋こいち祭りに足を運んだ。スタート時間の18時より少し前に到着したので、盆踊り連盟のおばちゃん達が始まるのを待ってわくわくしている様子を垣間見る。時間通りにスタートし、昨日と同様に、東京音頭、好きになった人、東北音頭、フラ音頭がかかる。昨日はどの踊りも初めてだったので覚束なかったが、今日は好きになった人のステップも自信を持って踏めるようになった。この時一緒に組んで「好きになった人」を踊ったおじさんに、実は2日後に巡り会うことになる、、。

7月23日(土) 小川町七夕祭り
三笠屋で購入した紅の浴衣と黄色の帯、それを持って池袋に行き友人に着付けしてもらう。浴衣は着る方も着せる方も一苦労でお互いに汗をかいたが無事に着付け&夜会巻きが完了。川田さんがわざわざ池袋に着てくれて二人の浴衣姿を披露。その後向かった小川町の七夕祭りは友人のだんなさんも一緒に、お飾りが 揺れる町中を散策。和紙センターの人たちが紙漉体験をやっているブースにも顔を出す。浴衣で歩くのは気を使うため大変疲れるが、お淑やかな気持ちにもなれてなかなか楽しい。夜の花火大会は圧巻。

7月24日(日) 大和市阿波踊り にわか連
阿波踊りは、蜂須賀家の徳島城入城の時から始まった400年の歴史を持つお祭り。この偉大なお祭りに、にわか連のメンバーとしてならば参加できるのである! 16時に駅前に集合し、右手右足を前に出し、次は左手左足を前に出すという阿波踊りの基本ステップを教えてもらう。そして、浴衣を着ている人、洋服の人、鳴り物を持った人、大黒様のお面をかぶった人、太鼓を持った人で、にわか連の出発とあいなった。
「踊るあほうに見るあほう。同じあほなら踊らにゃそんそん」
の歌に合わせて、練り歩く。横のおじさんと目が合う。
「けっこう汗かくでしょう。」
「本当ですね!」
と返事して、はてこの方どこかで会ったぞ、、と私は首をかしげた。私がおじさんに会う可能性がある場所は圧倒的に山である。丹沢、、奥多摩、、でも最近行っていないし、、と突然脳裏に夜の新橋が浮かんだ。
「あっ、新橋こいち祭りでお会いしましたよね。好きになった人、一緒に。」
「ええ、踊りましたね。覚えてますよ。」
「今日はこちらなんですか。」
「新橋は昔勤務先だったんですよ。大和の方は自宅なんです。」
なんという偶然だろう!
また太鼓と鳴り物が鳴りだし、踊りが始まった。途中で麦茶を飲み、正式な連が踊りを競うステージでも踊り、そして駅へ向かってさらにさらに進む。にわか連の前には青いはっぴの男達、後ろにはピンクの浴衣に編み笠をかぶった舞子達。鳴り物と太鼓の音が辺りの空気を振動する。背筋に震えが走り、脈動が速くなる。いつか私も正式な連に入って踊ってみたい。

7月25日(月) 青山善光寺
青山一丁目からすぐのところに小さなお寺がある。普段はそんなに目立つこともないのだろうが、今日は太鼓を叩くための櫓からいくつもの赤提灯がぶら下がり、地元の子供達が浴衣を着てかき氷や水風船を持ってはしゃいでいる。今日は、川田さん、河崎さんも一緒である。1830分、盆踊り開始。私は喜んで輪の中に入って踊り始めたが、二人は照れて手水場の後ろからそっと様子を見守っている。何曲目かに炭坑節になったので、
「これなら踊れますよ。大丈夫!」
と手を取って誘ったが、それでも二人は頬を赤くして断る。その気持ちはわからなくもないが、盆踊りは我を忘れて、踊った方が勝ちである。
ここのお寺では、まずクーポン券をかってそれを使ってかき氷やフランクフルトを買うという方式であった。この後3人は、渋谷駅方面へ歩き一本脇道へ入った赤提灯へ。

7月26日(火) 赤坂浄土寺
この日は突如、友人と会う予定がなくなってしまったので、ともくんの盆踊り情報を見て、赤坂へ赴くことに。到着して、以前このお寺に参拝したことを思い出した。その時は高層ビル群に囲まれた小さな静かすぎるお寺という印象を持ったが、それが今日は一転。鳥居の周辺から奥には屋台が建ち並び、私はここで焼きそばを食べて、浄土寺と染め抜いた手ぬぐいをもらって、盆踊りの輪の中に参入。私のお気に入りである国定忠治を歌った八木節が流れる。その次の会津若松節は初めて聞く音頭で最後にだんだんとペースが上がっていく。越中風の盆の踊りはとても地味で手首をちょこちょこっと振ったりして浴衣おばさん達の中でもおそらくマスターしていない人が多い。浄土寺は、地方の音頭をたくさん踊るというコンセプトらしい。
一番中央の輪で、黒のタンクトップを着て踊っているとにかく目立つ男性がいた。盆踊りがとても好きらしく踊り方は間違っていないのだが、何か違う。30代、いや50代に見えなくもない、、、。あまり見てはいけないと思いつつ、気付くと目が向いてしまう、謎の盆踊りおやじ! 何の仕事をしているのだろう、、。
ここではなんと参加者全員に数字の書かれた紙が配られ、その抽選会があった。100人中約7〜8人という高確率で何か商品が当たり、なんと私も森美術館の招待券が2枚当たったのである。飲み物もふんだんに用意してあり、無料で配るという大盤振る舞い。浄土寺は場所柄スポンサーも多く、寄付金を出してくれる檀家の人も多いのだろう。

7月28日(木) 巣鴨とげ抜き地蔵商店街盆踊り
おばちゃん達の銀座と呼ばれる巣鴨、ここで行われる盆踊り大会はきっとひと味違うに違いない、と期待して巣鴨駅に足を伸ばした。小雨が降っていたが、会場のとげぬき神社は提灯と櫓と太鼓の音と発電機の音と人いきれで大賑わい。私はフランクフルトを食べた後、盆踊りの輪の中に参加。浴衣を着たおばちゃん、おじちゃん、お姉さんに混ざって巣鴨商店街のキャラクターであるアヒルのすがもんが歩き回る。一曲ごとに、練馬区長、とげぬき商店街会長、盆踊り会会長、区議会委員、とげぬき神社の会会長、、の挨拶が入る。巣鴨はやはり独特である。ここで1つの強固な地域社会が形成されている。東京音頭、炭坑節、八木節に混ざって、かかった踊りが「巣鴨音頭」と「巣鴨で会いましょう」。
♪〜昔 新宿 銀座 池袋 今は この街 巣鴨が大好きよ
若い兄ちゃん二人が盆踊りをヒップホップ風にアレンジして踊り、皆の注目を集めている。彼らも巣鴨で生活しているのだ。みんな巣鴨が大好きなのだ。
節電のため、盆踊り大会は夜9時にきっかりと終了。参加者に配布していたすがもんの手ぬぐいをかばんに入れて、私は満足感に包まれながら家路についた。

8月1日(月) 新宿花園神社
新宿駅東口から靖国通り沿いに歩くと、5丁目交差点の角に花園神社がある。普段はネオン街に比べてずっと静かなこの一角も、今日は屋台と櫓と赤提灯が華々しく輝き、三味線、歌い手、鳴り物の演奏者が生で演奏している。この神社ならではの新宿音頭は昭和9年に作られた歴史のあるもの。3重ほどの輪になって皆が踊る中、私も周りの人たちの振りを見て踊る。八木節が何回もかかって練習できたのがうれしい。大江戸音頭はまだあやふやな箇所が多い。しかし盆踊りも数を重ねると、聞いたことのある音頭が増え、また地元色があることもわかり、なかなかその奥深さに感銘を受けるようになる。
締太鼓で盆踊り大会が終了した後、ジュースを飲みながら一服。はっ、そういえば、今日盆踊りおやじがいた! あの黒のタンクトップ、たしかに浄土寺で見た人と同じだった!! 

8月4日(木) 池上本門寺
今日は家に帰って立山へ向かう準備をしたあと、20分ほどであったが本門寺の盆踊りに参加しに行った。いつも朝走りに行く静寂な境内には、櫓が立てられ、地元住民が楽しく踊っている。途中でかかった池上音頭は「日蓮さん」という言葉が入る本門寺独特のもの。
大門の外側に並んでいる焼きそば、かき氷、たこ焼き、金魚すくいの屋台、500円、200円、500円、300円と、なんとなく値段が高い。例えば、かき氷など原材料費がほとんど変わらないものが何故場所によって100円と200円で売られているのか。暴力団とテキ屋と寺は関係がある、という思いがちらりとよぎったが、いやいや私の大好きな本門寺、そんなことがあるはずがない。

8月11日(木)水道橋 東京大神宮盆踊り
水道橋から歩いて3分、伊勢神社の分社である東京大神宮はパワースポットとしても有名で恋愛成就を望む女子にも人気があるらしい。ここに赴いて出会ったのはあの盆踊りおやじ! しかも今日はなぜかタンクトップが白い。
私は自分が相手に認識され始めているのではないかと危惧しながら、踊りの輪の中に加わった。その輪がとても小さい。あらゆる踊りにおいて手を伸ばしたら隣に人にぶつかることが危ぶまれる。しかもここの盆踊りは休みがなかった。巣鴨のように、曲の間に町内会のお偉いさんの紹介や、音頭の紹介が入るわけではない。間髪入れずにすぐ次の曲なのである。のどが渇いても疲れてもなかなか輪の外に出るタイミングがつかめない。八木節、東京音頭、大江戸音頭、ドラえもん音頭、平成音頭、とめまぐるしく踊りが変わり、私は息を切らしながらようやくそっと輪を離れた。
一人、目をひく女性がいた。浴衣を着て髪を上に結い堂々と踊っているその女性は、外国の人だったのである。
9時になって2時間ぶっ通しの踊りが終わって参加者に配られたのは、なんととうもろこし。その時、私は偶然その女性の後ろに並び、彼女が「毎年コレが楽しみデスネ。」と話しているのを聞いた。何年間、日本に滞在しているのだろうか。流暢に日本語をしゃべり、着付けが出来、盆踊りの心を知っている外国人がいるのだ、と感銘を覚えた。

8月12日(金) 築地 塩瀬前路上
今日は川田さんが一緒に来てくれると言うことで、私は仕事が終わった後自分で浴衣を着付けて、新富町駅へと向かった。彼が私の浴衣姿を見るのは2回目であるが、今日は意外だったらしく、「おっ。」と言いながら後ろに回って私の文庫結びを見つめる。 塩瀬前路上の盆踊りは地元の町内会が主催しているらしく、屋台はエプロンを着けたおばちゃんたちが取りしきり、太鼓を叩くメンバーは地元の子供達で、とてもほのぼのした雰囲気が漂っていた。川田さんを輪の中に誘うが、彼は今日も照れて踊らない。私は彼に荷物をお願いして、1時間ほど踊りに踊った。
「大丈夫? けっこうのど乾いたでしょう。浴衣って暑くないの?」
「暑いです、、。疲れました。」
その後2人は隅田川沿いの遊歩道を歩いた。私は浴衣であるが故に、小さな歩幅で懸命に彼の横を歩く。そしてベンチに座って休んだ。夜釣りをしていたのだろう、竿を持った人が通り過ぎてゆく。
「今は、高級マンションが建ち並んでいるけど、昔の隅田川って言うのはどういう感じだったんだろうね。」
「きっと街灯もないから真っ暗で、辻斬りとかあったんですよ。危ない危ない。」
私はそう言いながら、対岸のマンション群の灯りを見つめた。

8月15日(月) 小伝馬町十思スクエア盆踊り
ここもローカルな盆踊りであった。冷たいお茶が無料で振る舞われていて、コップの無駄遣いを避けるために、皆に名前を書いてもらい、それをフェンスの網に入れてもらうという工夫をしていた。日本橋音頭、小伝馬町音頭という中央区ならではの音頭は聞くのも初めてで、周りを見ながらなんとか振りを合わせる。今年で9回目と言っていたので、ここの盆踊りはまだまだ歴史が浅い。でも若いが故に、地元の人たちが力を合わせて立ち上げた様子が伺えておもしろかった。

8月16日(火) 養源寺盆踊り
去年も行った養源寺のお祭り。もう1年経ったか、、と去年の様子を思い浮かべながら歩いて行くと、呑川を渡った辺りで盆踊りの音と賑わいが聞こえてきた。きれいな蓮が鉢植えで咲いている境内は、既に人が一杯でちょうど八木節がかかっていたので私は輪の中に参加した。音頭は八木節に間違いない、しかし、皆、首にかけた手ぬぐいをくるくるっと回してまた首にかけ、右足、左足と足のステップもいつもの八木節と異なる。同じ曲でも踊り方が違うのか、しかも都内で! 驚きである。
ここは町内会の人たちが頑張って出した子供向けの鉄砲討ち、金魚すくい、玉転がし、ボール投げといったゲーム、焼きそば、フランクフルト、ビール、クレープの屋台があり、値段は本門寺の約半額と良心的だった。テキ屋の人はそれが稼ぎの全てであるのに対し、町内会の人たちは他にも本職があるのの違いだろう。
私はクレープを食べた後、踊りに参戦し汗を流した。養源寺の夏祭りは良い。浴衣を着ている人も多く、皆が1年に1度のこの日を楽しみにしていました!というのが伝わってくる。最後は、前の人の肩に両手をのせて右に左に飛び跳ねるフォークダンスで終了。何故か締めがフォークダンス、でもそれもひっくるめて私は養源寺の夏祭りが大好きである。

8月22日(月) 田端商店街盆踊り
名前とは逆に、何故か最寄りは駒込駅である田端商店街での盆踊り大会。道路に太鼓のための櫓が組まれ、地元太鼓会の子供達が紺色のはっぴと鉢巻を身につけ勇ましく太鼓を叩き始める。踊る人たちも、地元の盆踊り連盟のおばちゃん達、地元信金の若き男性職員達と、ここ田端も巣鴨同様に地域色が色濃い。そしてここは、おもしろいことにひたすらズンドコ節、八木節、東京音頭、大東京音頭の4つを繰り返すのである。いい練習だ、と思いながら踊っていると、私の前に浴衣姿の外人の女の人が入ってきた。数日前に東京大神宮で見かけた人である。しかもあの時と浴衣が違う。踊りもほぼ完璧にマスターしており、曲の合間に地元連盟のおばちゃん達と会話を交わしたりしている。かなりの通らしい。
盆踊りが終わった後は無料で飲み物が配られ、私はビールのほろ苦い味に酔いながら田端駅までの道を歩いた。

8月24日(水) 錦糸町河内音頭
墨田区が誇る大盆踊り大会。錦糸町南口を出て5分ほど歩き高速の高架橋下にその会場はあった。一番奥の赤提灯できらびやかに飾られたステージでは、着物を着たプロの歌い手が三味線、太鼓の音をバックに歌っている。その前の会場には内側2重の人々が反時計回りに、外側2重の人々が時計回りに、それぞれ違う踊りを踊っている。「難しそう! 輪に入れるだろうか?」と最初は思ったが、しばらく様子を見ておそるおそる外側の輪に参入。そのうちステップと手の動かし方がわかってきた。曲が変わっても踊り方は変わらない。右に跳ね、左に跳ね、大きく一回転して三度手を叩く。その音が高架橋下で反響し、踊りと歌は1つの大きな波になる。下町の人々のエネルギーが凝縮して太鼓の音と一緒になる。なんかいいかも、河内音頭! 
ノンフィクション作家の朝倉喬司が、大阪の河内音頭に感動し、1985年に錦糸町のパチンコ屋の屋上で始めたのが、この盆踊り大会の始まり。本物の河内音頭はどうなんだろう、いつの日か行ってみたい! 日本全国、盆踊り探訪! 私は歓楽街を抜けて錦糸町駅に向かいながらこの思いつきにふっと笑った。

8月27日(土) 浜町公園盆踊り
中央区のスポーツセンターがある浜町公園の野球場、ここが盆踊り大会の会場であった。さすが中央区随一の大会、櫓も大きく、それを取り巻く踊りの輪は、4〜5重にも膨れあがっている。この盆踊り大会では、一般の踊り手も櫓に登って1曲踊らせてもらえうことができる。浴衣を着ている人限定、小学生以下限定、そして浴衣を着ていない人限定の部。ライトに照らされて太鼓の音を間近に聞きながら踊るのは、一体どんな気持ちだろう、、私は下から彼らの様子を見て思った。来年は、是非櫓に登ってみたい。
会場をぐるりと取り巻く数多くの屋台では、良心的な値段で飲み物、食べ物が売られ、浴衣の着崩れを直すブースもあり、そのなかに東北からの名物を出している屋台もあった。「頑張れ東北! 頑張ろう日本!」の幟が横に立っている。3月の巨大地震より約半年。未だに多くの人が避難所での生活を強いられ、福島の原発問題は収束の兆しさえ見えていない。

盂蘭盆の語源、urvan(イラン語系)は霊魂の意味であり、盆の仏事はその霊魂を死後の苦しみから救うという謂われがある。地震と津波でなくなった2万人を越える命、そして今も苦しんでいる数多くの人々。盆踊りのエネルギーが彼らにわずかでも届くことを心から願う。
私は浜町公園を後にして、蔵前橋まで歩いた。今日は一ヶ月遅れで隅田川の花火大会が行われており、浅草方向の夜空は絢爛豪華に彩られている。8月もいよいよ終わり、盆踊りに親しむのはまた来年だ。