ああ、絵本の世界

去年の6月16日に生を受けたかずちゃんはすくすくと元気に育っている。




よく行くお散歩場所の一つは区立図書館。背が低い本棚が並ぶ児童書コーナーの奥には、靴を脱いであがるお話の部屋がある。ここは絨毯が敷いてあるので幼い子供を寝っ転がしたり、私が胡坐をかいてお膝の上に座らせて絵本を読ませることができるのだ。

絵本には「0,1,2歳」や「5歳以上」といった対象年齢が書いてあるが、それは気にせず絵本ならどんな本でも声に出して読む。というのは、まだ言語がわからないかずちゃんにも、私が絵本を読む声はかずちゃんの耳に、頭に、胸にしっかりと届いていると思うからだ。かずちゃんに読んで聞かせると、私の動く口がおもしろいのかじっと見つめてくる。(でも興味がなく、他の場所へハイハイしていってしまうことも多々ある)

絵本といっても奥が深い。子どものみならず大人にも、訴えてくるものや思索するきっかけをくれるものが多くあった。




<日本語と英語の命名方法>

いわむらかずお作、14匹のねずみシリーズの「14匹のピクニック」の英語版が本棚にあった。内容は家族が楽しくピクニックに行くというものだが、その中にわからない単語が二つあった。「Horsetail」と「Inchworm」である。

図書館から帰宅して、かずちゃんを寝かしつけた後、調べてみた。

Horsetailの直訳は馬のしっぽ。だが、調べてみるとツクシとある。日本では春の味として採ることもあるツクシが、なぜ馬のしっぽかというと、スギナの形状をさしての命名らしい。




日本では、山菜として採るので胞子体であるツクシのほうが有名だが、英語ではスギナの姿からHorsetailと命名された。

Inchwormは、尺取虫であった。確かに「Inch」(寸)「worm」(虫)で、日本語の命名の仕方と同じである。両方の言語圏で注目したポイントが、長さを測るかのような特徴ある動きであったことが興味深い。




梅が咲くとその蜜を吸いに姿を現すメジロは、名前の通り目の周りが白くて愛らしい。そして英語でもメジロのことをWhite-eyeという。




冬鳥として日本に渡ってくるオナガガモは雄の尾が長いのが名前の由来だが、英語でもその尾っぽに注目してPintailと呼ばれている。




その一方で、命名の仕方が日本語と英語で異なる場合も少なくない。

フクロウの仲間であるミミズクは、頭上にある耳状の羽からの名前だが、英語では耳とは見ずに角とみなしてHorned owlと呼ぶ。ちなみにこの部分は羽角と呼ばれ、その形態学的意味は不明らしい。




アオサギは、英語ではGrey heron。




地上最大の生き物であるBlue whaleは、日本語ではシロナガスクジラ。




日本では杓子の形からオタマジャクシと呼ばれるが、英語ではtadpole(中世英語で蛙の頭)。




海の馬(Seahorse)と呼ばれる海生生物が、日本では竜の落とし子としゃれた名前を持つ。




大顎で物を噛み切るのが得意なカミキリムシは、英語ではLonghorn(長い角)beetle。確かに触角が長い!




英語と日本語の命名方法の比較は、面白くて興味が尽きることがない。もっと色々調べてみたいが、かずちゃんがいたずらを始めてしまったのでとりあえずはこの辺で、、。




<どちらにしようかな>

ある日読んだ絵本は、女の子がおもちゃ屋さんで1つだけおもちゃを選ぶときに
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り、、、、」
の遊び歌をやって選ぼうとするストーリー。

子どもが何かを選ぶときにするこの遊び歌は、色々な地方バージョンがある。

私が生まれ育った千葉の船橋では、
「どちらにしようかな、天の神様の言うとおり、あべべのべのべの柿の種」
というバージョンで36の音数であったが、
愛知では、
「どれにしようかな 天の神様の言う通り 鉄砲撃ってバンバンバン もひとつ撃ってバンバンバン」
鹿児島では、
「どちらにしようかな 天の神様の言う通り 桜島ドッカーン」
だという。




英語圏にも、
「Eeny, meeny, miny, moe. Catch a baby by the toe. If it squeals let it go. Eeny, meeny, miny, moe.」
(訳)「イニ、ミニ、マニ、ムー。赤ちゃん、足でつかまえろ。泣いたら放しておやりなさい。イニ、ミニ、マニ、ムー。」
という同様の遊び歌があり、上記のものは16の音数からなる。日本の「どちらに」の遊び歌と同じく、英語圏でも地方バージョンがあるところが興味深い。

英語でも日本語でもこの遊び歌は音数が決まっているため、例えば二つから一つを選ぶ場合、偶数の音数であれば二番目に指したもの、奇数の音数ならば最初に指したものが選ばれる。しかし幼い頃はこの規則がわからず、最後に自分が指さしたものは、何か特別な力によって選ばれたのだ!という気持ちになる。
ところが、だんだん大きくなって、偶数か奇数かで選ばれるものが予め決まっているということがわかる年ごろになると、この遊び歌も卒業なのだろう。

ところがどっこい、ドイツのものはちょっと違う。
「Ene, mene muh, raus bist du , raus bist du noch lange nicht, sag mir erst wie alt du bist.」
(訳)「エネ、メネ、ムー。あなたは中、いやいや、外。教えてちょうだい、あなたは何歳?」
という遊び歌の前半部は19音からなっているが、この後は
「1、2、3、、、、  」
という風にやり手の年齢まで数字をカウントしていくのである。
子供が何歳かによって合計の音数が変化するわけで、選ばれるものがどれになるかはやってみないとわからない。それがこの遊び歌の本質であることを考えると、ドイツバージョンは合理的である。




知人の旦那さんはナイジェリアの人である。聞いてみたところ、ナイジェリアにも「どちらに」と同様の遊び歌があるという。
それは
「ドンボンドンボン、、」
とドラムのような音で始まる歌なのだが、特に決まった音数もなく、やり手が切りのいいところで歌い終えるのだという。
「それなら、やり手が歌の長さを調整して、好きなものを選ぶことができてしまうじゃん! それでいいの?」
と私は率直に疑問に思った。しかし、当地ではその点を特に咎めることもなく、アバウトな感じでこの遊び歌が行われるらしい。

勝手な想像になるが、ナイジェリアでは何人もの子供たちが輪になってこの遊び歌をやるのではないか。その場合、誰がやり手かはあまりはっきりとせず、その場の雰囲気と盛り上がり方で歌も長くなったり短くなったりして、歌い終わる。と同時にどれかが選ばれる。少子化とは無縁の、アフリカバージョンの「どちらに」の歌。

やり手の年齢によって選ばれるものが変わる合理的なドイツバージョン。
ドラムのような歌でその長短が変化するナイジェリアバージョン。
遊び歌にも国民性が出るのだろうか。

幼少期、
今日のお菓子は飴玉かクッキーか、
今日着ていく洋服はピンクか赤か、
お母さんに買ってもらうおもちゃはお人形かぬいぐるみか、
といった決め事は非常に重要で、真剣に「ど・ち・ら・に・」をしていた気がする。

神様の力を借りたくなるほど、真剣みを帯びて何かを選ぶことがなくなって久しいが、「どちらにしようかな」の歌は その時の子供心をほんの少し思い出させてくれる。




他の国の「どちらに」の歌をご存知でしたら、是非教えてください。

<子供の心>

コッコちゃんシリーズ、「だーれもいない だーれもいない」という絵本を読んだ。

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お昼寝から目覚めるとおうちには誰もいない。風やお日様が「コッコちゃん、独りなの?」
と聞いてはバイバイしていく。しばらくして、
「ごめんねごめんね、ぐっすりお昼寝していると思ったから。」
と言って、近くの買い物から帰ってきたお母さんの姿に、コッコちゃんはわっと泣き出した。
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意図せずして一人ぼっちになってしまった時の、子供の寂しさと緊張感が伝わってきて胸がじんとなった。

かずちゃんは、9か月を過ぎたころから私がちょっとでも離れると、悲壮な鳴き声を上げてハイハイで追いかけてくるようになった。
私がいるのはすぐ隣の部屋である。数メートルの距離である。
しかし、
大人にとっての「すぐ近く」が小さい子にとってはそうではない、ということに私の膝上でおっぱいを飲むかずちゃんの小さな体を見ていて、気づいた。
かずちゃんの体重は9キロで私とは約6倍の差がある。ということは空間認識にも、おそらく6倍の差がある。

うちは30uにも満たないせまいアパートであるが、仮に6倍の広さである180uの大邸宅に住んでいると仮定しよう。

ある日曜の午後、丹念に淹れたコーヒーをカウンターキッチン越しに一起さんに渡そうと思い振り向くと、彼はそこに いなかった。さっきまでいたのに、、リビング? 寝室? 子供部屋? それとも書斎? と探し回り、 一番離れたバルコニーで一起さんが本を読んでいたら、大泣きはしないだろうが、やはりちょっと寂しいと思う。

かずちゃんは、私が横にいないことに気づいたときに毎回こんな気持ちなのだ。
「かずちゃんなんでそんなに泣くの〜。よしよし、ごめんね〜。」
と抱き上げる。かずちゃんは、私の胸に顔をこすりつけて涙を拭く。

そして数秒後には、高い高いをしてあげると泣いたことなどなかったかのように、満面の笑みでうれしそうに笑い声をあげる。




<泣いてしまう絵本>

多くの母親は、妊娠中に涙腺が緩くなると言われるが、私も例にもれず涙もろくなった。

妊娠中の出来事である。
しながわ水族館のイルカショーを見ては、
「ああ、こんなになるまでにはイルカとトレーナーの人たちはどんなに頑張って練習したんだろう。」
と思わず涙を流し、
ツバメが巣に餌を運んでいる姿を見ては、なんだか目頭が熱くなり、
保育園の見学に行って小さい子が手を振ってくれたりすると、感動と涙が胸に押し寄せた。

かずちゃんが生まれた後も、やはり涙腺は緩い。絵本を読んでいて嗚咽を漏らす、というのはもう日常茶飯事であるが、その中でも特に印象に残った本を紹介したい。

スイスイスイーツ さいとうしのぶ著
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まりちゃんは、スイーツが大の大好き! そのお母さんもまりちゃんと同じぐらいスイーツ好き!

お母さんは給料日に必ずスイーツを買って帰ってきてくれる。それを一緒に楽しみながら、二人は、世界中にある色んな種類のスイーツのことや、おばあちゃんやもっと昔の時代の人が食べていたスイーツのことについておしゃべりする。

週末には、お母さんが手伝ってくれて一緒にスイーツ作り。ホットケーキにクッキー。クリスマスにはショートケーキ、バレンタインには、チョコレートケーキ。出来上がったケーキを見て、
「いつかあなたも好きな人ができて、遠くにいくのかしらねえ。」
としんみりしたお母さんに対して、まりちゃんは断言する。
「そんなこと絶対ない! 私はお母さんとずっと一緒にいる。それで一緒に、世界中をスイーツ巡りしながら旅するの! 約束だよ、お母さん。」
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という最後のページで、思わず泣けてしまった。

こんなこと小さい娘に真剣に言われたらどんなに嬉しいことだろう。涙をこぼすまいと思いつつ、号泣するのは間違いない。

という訳でこの絵本で泣いてしまったのだが、実はかずちゃんはスイスイスイーツの絵本においしそうに描かれているお菓子をほとんど食べることができない。というのも、今年の4月かずちゃんには、乳製品と卵に対するアレルギーがあることが判明した。

忘れもしない4月20日、会社にいる時に保育園から電話があった。
「かずほちゃんのお母さんですか? ちょっと緊急事態です。かずちゃん今日ミルクを頑張って150ミリも飲んだんですが、その後アレルギー反応が起きました。体中に蕁麻疹が出て顔も腫れてしまったんです。今、保育士が病院に連れて行こうとしているところなんですが、、お母さん、なるべく早くお迎えに来てもらえますか?」
アレルギー? 蕁麻疹?! 心臓の鼓動がどんどん早くなっていったのを覚えている。私は机の上を慌ただしく片付けて、一目散に帰宅した。

私が病院に到着した時は、かずちゃんは処置室でアレルギー症状を抑える注射を左足の太ももに受けた直後だった。
保育士と病院の先生が、
「よかった、、症状が落ち着いてきましたね。やっぱり注射の効果ですね!」
と話している。しかし、かずちゃんは大泣きで顔も腫れあがって瞼が半分重そうに閉じかかっている。
「これが落ち着いてきた状態?!」
と思ったが、話しを聞くと病院に連れてこられた時はアナフィラキシーのような状態で呼吸困難があり顔色も青く、注射でそれらが治ったという。

今日の処置はとりあえずこれで終了で、血液検査の結果がわかる2日後にまた来院する必要があること。
今後は、ミルクアレルギー対応の粉ミルクを購入して保育園に持参する必要があること。
病院の先生と保育士から色々と説明を受けたが、動転した想いはなかなか治まらない。疲れて帰宅したころには、かずちゃんの顔の腫れはほとんどなくなって、本人は笑顔で家の中の探検を始めた。本当に数時間前にアナフィラキシーの症状があったのだろうかと思うぐらいである。

保育園に入るまでずっと母乳だったため、かずちゃんは入園直後はほとんど粉ミルクを飲めなかった。しかし飲まなければお腹が空いてどうしようもなくなる。保育士の努力の甲斐あって、だんだん量が飲めるようになってきた矢先に起こったのが、今日の出来事だった。150ミリというミルクの量は、かずちゃんの閾値を超えてアナフィラキシーを引き起こすアレルゲンとなってしまったのである。

2日後の血液検査の結果で、かずちゃんは乳製品のみならず、卵(卵白)、ダニ、ハウスダストに対してクラス2〜3のアレルギーがあることが分かった。先生の説明によると、最近は食物アレルギーに対して、原因食物の厳格な除去ではなく、食物負荷試験を行って何がどのくらい食べられるかを見極め、必要最低限の除去を行うというのが主流である。乳幼児期のアレルギーは自然と耐性を獲得して学童期までには食べられるようになる場合がほとんどなので、そのうち食物負荷試験を行って確認していきましょうとのこと。

「食物負荷試験ってどんな感じなんですか?」
「卵だったら、20分ゆでた卵を病院に持参してもらって、最初は8分の1食べて様子をみて、大丈夫そうならまた8分の1食べてという感じです。」
「そうなんですか、、。離乳食をたくさん食べる子ではないので、そんなにどんどん食べられるかわからないです。まだ母乳が大好きで。」
「そうですか。それなら朝ごはんを抜くか、すごく軽めで来てください。もし何か具合が悪くなったら、院内なのですぐに診察できますし、緊急事態になればこの間みたいに注射をします。」

食物負荷試験をかずちゃんにさせるのは、はっきりいって気が重い。朝ごはんをほぼ食べない状態で病院に連れて行き、アレルゲンの可能性が非常に高い卵白や乳製品を、症状が出る直前まで(閾値を過ぎて症状が出てしまうことももちろんある)食べさせるというのは、苦行に等しいとしか思えないからだ。

しかし、やらなければ乳製品、卵がいつまで経っても安心して食べられるようにならない。3,4歳になって物心ついたときに、友達が食べているお菓子を誤食したり、また食べられないことで仲間に入れない気持ちを味わうことのほうが、考え方によってはよほど危険だし可哀想である。

保育士やママ友に色々話を聞いたところによると、食物負荷試験を行うのは、離乳食の食べ具合などにもよるが1歳半以降で大丈夫だという。それまではちょっと気を休めていよう。つい2日前にアナフィラキシーがあって、すぐに食物負荷試験のことを考えなければいけないのは、辛すぎる。

数年後には、かずちゃんの食物アレルギーが良くなっていることを心から願う。そして、スイスイスイーツのように、親子でお菓子作りする楽しさが味わえますように! 




しかし「お母さんとずっと一緒にいる」が本当に現実となり、かずちゃんが適齢期を大幅に過ぎても嫁に行ってくれなかったら、それはそれで困る、、。