酉年における目玉焼き考

朝起きて、台所で朝食の準備をしていた。まず、紅茶を入れて、パンを切る。冷蔵庫から卵を2つ取り出して、フライパンを温める。今日は’目玉焼き’にしようと思いながら、卵を割りいれる。少し遅れて起きてきた同居人の’今日は、fried egg?'という掛け声に、’そうだよー。’とうなずきながら、私は突然あることが気になった。’目玉焼き’と’fried egg(油で焼いた卵)'。卵を同じ方法で調理しているのに、言葉における表現方法が全く違う。
確か、マレー語で’目玉焼き’は、テロール マタ サピ、意味は’牛の目の卵’である。私は、フライパンの中の目玉焼きを見つめてみた。黄身の大きさと形は、確かに牛の目に似て見える。’目玉焼き’よりも一歩進んだ愛嬌のある表現だ。
それでは、他の国の言葉ではどうなのだろうか。’目’と’油で焼いた’以外の表現方法があるのだろうか?このときから、私はいろんな人に’目玉焼きを母国語でなんと言いますか。’と尋ねゆくことになる。

目玉焼き。

ヨーロッパ編
英語では、’油で焼いた卵’が目玉焼きである。これが、ドーバー海峡を越えてフランスに行くと、シンプルに’卵料理’(oeuf au plat)となる。ゆで卵やスクランブルエッグは、’ゆでる’’かきまぜる’という表現を使うことを考えると、目玉焼きを’卵料理’と呼ぶのはこれが最も一般的な卵の調理法だからだろうか。
隣のドイツに行くと、’鏡卵’(Spiegelei)となる。東に向かってハンガリーでも、鏡卵(tukoutojast)、北上してデンマークでもノルウェーでも鏡卵(spejlaeg, speil egg)である。ドイツ人の友達によると’表面がきれいで輝くような感じがあるから、そう呼ぶ。’とのこと。この(鏡のように)輝くという見方は、大分南下して地中海沿岸アルバニアにおいても同じ。ここでは’ガラスの卵’(veze syze)と呼ぶ。目玉焼きもこのような高級な名前を与えられると、何か格別な雰囲気が漂ってくる。
アドリア海を越えて、イタリアでは、’牛の目の卵’(uovo all'occhio di bue)である。マレーシアと同じ見方である。スペインでは’星のようにくだけた卵’(huevo estrellado)、ポルトガルでは’星型卵’(ovo estrelado)である。これは、目玉焼きを作った時に卵白のふちがきれいな円形にはならず、星のようにぎざぎざになるからだ。
東ヨーロッパに飛んで、ルーマニア。ここでは目玉焼きのことを’目’(ochi)という。セルビアでは、’卵の上の目’(jaje na oko)という。この周辺では目という見方が優勢だ。

言語書き方発音意味
イギリス英語fried egg 油で焼いた卵
フランスフランス語oeuf au plat 卵料理
ドイツドイツ語spiegelei 鏡卵
デンマークデンマーク語spejlaeg 鏡卵
ノルウェーノルウェー語speil egg 鏡卵
ハンガリーハンガリー語tukoutojast 鏡卵
アルバニアアルバニア語veze syze ガラス卵
イタリアイタリア語uovo all'occhio di bue 牛の目の卵
スペインスペイン語huevo estrellado 星型卵
ポルトガルポルトガル語ovo estrelado 星型卵
セルビアセルビア語jaje na oko 卵の上の目
ルーマニアルーマニア語ochi 
ギリシャギリシャ語 アウガ ティガニータ油で焼いた卵
チェコチェコ語smazena vejce 油で焼いた卵
オランダオランダ語gebakken ei 油で焼いた卵
スウェーデンスウェーデン語agg stekt 油で焼いた卵
フィンランドフィンランド語paistettu muna 油で焼いた卵
ウェールズウェールズ語wy wedi'I ffrio 油で焼いた卵
ジョージアジョージア語 シェントゥワリ クウェルツキ油で焼いた卵
ロシアロシア語 ヤイチィニーツァ油で焼いた卵
ナイジェリアイボ語agwa eyereeye 油で焼いた卵
ケニアスワヒリ語maya ya kuka'anga 油で焼いた卵
チュニジアアラビア語 バイス マクリー油で焼いた卵

アジア編
それでは、ボスポラス海峡を越えてトルコに入り、東に向かおう。ここトルコでは、卵をyumurtaという。しかし、目玉焼きは’Sahanda', スクランブルエッグは’cirpma'、ゆで卵は’kati'といって、卵(yumurta)という単語は登場しない。この3つの単語は何に由来しているのだろうか。トルコ語を話す方がいたら、教えていただきたい。
インド、タミール語では、ムタイポリエルといって意味は’油で焼いた卵’である。スリランカ、バングラデッシュ、ミャンマーにおいても’油で焼いた卵’である。タイでは’星卵’(kai-dow)、隣のラオスでも’星卵’(khai dao)である。ベトナムに入ると’油で焼いた卵’(trung chien)に戻り、フィリピン、タガログ語でも’油で焼いた卵’(itlog prito)。南下して、マレーシア、インドネシアでは、’牛の目の卵’(telur mata sapi)である。
料理の大国、中国でも’油で焼いた卵’(ja dan)という。でも、中国語には別の言い方もあり、’財布卵’(he bao dan)という。それは、黄身の部分がしっかりと白身に包まれているからだ。

言語書き方発音意味
トルコトルコ語sahanda 
インドタミール語 ムタイ ポリアル油で焼いた卵
バングラディッシュバングラ語 ディム バジ油で焼いた卵
スリランカシンハラ語 バダプミン ビットラ油で焼いた卵
ミャンマーミャンマー語 チェ ウ ジャウ油で焼いた卵
タイタイ語 カイ ドウ星卵
ラオスラオス語 カイ ダウ星卵
ベトナムベトナム語 トゥルン チェン油で焼いた卵
フィリピンタガログ語itlog prito 油で焼いた卵
マレーシアマレーシア語telur mata sapi 牛の目の卵
インドネシアインドネシア語telur mata sapi 牛の目の卵
フィジーフィジー語yaloka tavuteke 油で焼いた卵
ニューギニアトッピシン語kiau ol i praiim 油で焼いた卵
中国中国語 ジャ ダン油で焼いた卵
中国中国語 ヘ バオ ダン財布卵

再度イギリスに戻って目玉焼きの言い方を考えてみると、英語にも別の呼び名があった。それは、’sunny-side up'、太陽のほうを上に向けて。’という意味だ。これは、言うまでもなく、黄身が太陽のように輝いているからである。

酉年2005年が、’財布卵’のように金運に恵まれた、そして’sunny-side up'のように太陽の光に恵まれた年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。

2005年元旦

内田あゆほ