サバ州に現れる首斬り集団、プンガイ。

すっかり暗くなったセピロクへの帰り道を、Anisとともに歩いていた。道端に街灯は少なく、苔むした街路樹は月明かりをすっかり隠しつつある。虫の鳴き声、蛍のトギレとぎれの光。私とAnisの足音だけが、響く。

そんなときに、プンガイの話を聞いた。Anisが
’今は、プンガイの季節だから一人で夜道は歩かないほうがいいよ。’
と言い出したのである。
’何、プンガイって?’
と聞き返した私に、Anisは答えた。
’人の首を斬るんだ。橋を建てる前に、その首を地面に埋めるんだよ。’

蛍の光が相変わらず、わずかな光の曲線を描いている。あたりは、静まりかえっている。

’プンガイは、どこから来るの。首斬ったりしたら、警察が取り締まるんじゃない?’と聞く。
’ブルネイから来るって言われている。プンガイも首切りが仕事だから、警察は取り締まれないんだ。’

そんな道理があるのかいと思いながらも、私は話を聞いた。プンガイは、仕事があると集団で首斬りの旅に出る。彼らは、黒い目立たない衣装に身を包み、木の上で人が通るのを待つ。武器は、Parang(マレーシアにある刃渡り40cmほどの短剣)を持ち、木から飛び降り、即座に首を落とすのだという。

ここまで話を聞いて、Anisの話は、人々の間に伝わっているただの伝説ではないかと思った。しかしそれにしては、異常に具体的な部分があるのである。

人間の首は、重い。そのため、プンガイは右肩から左腕の脇下にかけて斬る。すると、左腕を持ち手として首を運ぶことができる。残りの下半身は、道脇に置き去りにされる。首一つにつき、報酬は10000リンギット(約30万円)、しかし、首をとれなかったプンガイは、自分の首を差し出さなければいけない。そのため、プンガイも命がけだ。

そんな話をしているうちに、Anisのうちについた。私は、彼の家の人や近所の人にも聞いてみた。みんな、プンガイの存在を信じている。’プンガイに首を斬られるのは、よほど運が悪い奴さ。’と、冗談めかしたことをいう人もいたが、’セピロクのある子供が襲われかかったんだよ。’という話をする人もいた。

もともと、サバ州やブルネイの辺りには、古くから首狩族が住んでいた。プンガイが、その伝説に脚色がかかったものなのか、子供に夜道を歩かせないための御伽噺なのかは、良くわからない。しかし、人々が強く信じていると事実によって、私の頭の中でもプンガイを真っ向から否定できなくなっていた。時計を見るともう10時を回っている。
’今日は、遅いからもう帰る。’という私に、Anisが言った。
’あゆ、プンガイが出るから、今日は泊まっていきな。’