街中で南アフリカを想う

喜望峰、Cape of Good Hope、なんと素晴らしい響きだろう。アフリカ大陸の最南端に位置し、大航海時代から数え切れない船舶が亜細亜を目指して通過した地点。

その喜望峰に行きたい。
喜望峰から大西洋とインド洋を眺めたい。
南アフリカに行きたい。
大学時代から切望している憧れの地。

しかし、地球の裏側にあるアフリカ大陸は遠い。だから私は街中でめぐり合う植物を見て、南アフリカを想う。

アフリカ大陸の最南端、南アフリカ共和国。そこには古今東西の植物学者を魅了して止まない驚くべき多様性にあふれた植物が凝縮して存在している。 喜望峰に初めてヨーロッパ人がたどり着いたのは1488年、大航海時代の初期であった。その後、南アフリカの奇想天外な植物獲得を目指して プラントハンター達がこの大地を隈なく闊歩することになる。

日本の約4倍の国土を持つ南アフリカには、Cape Floral Kingdomと呼ばれる世界で最小、かつ熱帯雨林に匹敵する多様性を持つ植物区が存在する。 Cape Floral Kingdomは主に、地中海性気候が卓越するWestern Cape地方にあり、この大部分は南アフリカに特有のfynbosと呼ばれる草原である。 年間降水量が500mm(東京は約1500mm)にも満たないfynbos草原には、主にイネ目サンアソウ科(Restionaceae)の草本、プロテア、ツツジ科Erica属の植物などが繁茂し、 それらの植物は、地中海性気候特有の乾燥した夏を生き延びるために、様々な形で適応している。


Fynbos草原

そのfynbos草原にある多肉植物が威風堂々と存在する。それはアロエである。


Aloe arborescens、日本にあるアロエはほとんどこの種

日本人にも馴染み深いアロエ(Asphodelaceae Aloe sp.)は、南アフリカが故郷である。 クレオパトラも美容のために使用したというアロエが日本にもたらされたのは明治初期。アロエは‘医者要らず’と呼ばれ、 飲めばあらゆる痛みを抑え、塗ればやけどをきれいに直す万能薬として、文明開化に心ときめいていた日本人の間に瞬く間に広がっていった。 故郷の南アフリカでもアロエは民間薬として同様の使われ方をする。そのアロエが、今から150年近く前に南アフリカからアラビア、 インド、東南アジア、中国を経て日本にもたらされ、現在も各庭々で初春に花茎をぬっと伸ばし、その先に紅の花を咲かせている。

プロテア(Proteaceae Protea sp.)の花が日本で見られるようになったのは、15年ほど前だろうか。


Proteaの花


オーストラリアの花ブームとともに、プロテアやカンガルーポー(Haemodoraceae Anigozanthos sp.)やボトルブラッシュ(Myrtaceae Callistemon sp.) といった奇想天外な色鮮やかな植物が花屋の店頭に並ぶようになった。プロテアの花は、オーストラリア、南アメリカ、そして南アフリカに自生する。 互いに数千キロの海洋で隔てられた3つの大陸に同じプロテアの仲間が見られるのは何故だろうか。 それは、人類の歴史軸をはるかに越える地質時代に遡る。約3-5億年前の昔、オーストラリア、南アメリカ、アフリカ、 そして南極はゴンドワナ大陸という1つの巨大大陸であった。プロテアの花は、この時代に既に進化しており、 ゴンドワナが1億5千万年前に分裂後もそれぞれの大陸で進化していったのである。


ゴンドワナ分裂が始まった三畳紀の大陸の様子


ちなみに、恐竜が絶滅したのは、6500万年前。ということは、草食恐竜はプロテアの花を食べていたのかもしれない。 店頭に美しく飾られているプロテアを見て、恐竜とゴンドワナ大陸の存在を思う。

春になると道端を飾るツツジ(Ericaceae Rhododendron sp.)やサツキ(Rhododendron indicum)。 高山帯に行くと見られるツガザクラ(Phyllodoce nipponica)やコケモモ(Vaccinium vitis-idaea L.)。 日本人の生活のいたるところでツツジ科の花は見ることができる。ツツジ科(Ericaceae)は、50属1500種を持つ科で、 そのひとつErica属(700種)の80%以上は南アフリカの固有種であり、Ericaの種分化の中心地はこの地にあったと考えられている。 しかし、プロテアとは異なり、Ericaはオーストラリア、南米にはまったく見られない。このことから、Ericaの種分化はゴンドワナ大陸が分裂して (1億5千万年前)オーストラリア、南米とも離れ、南アフリカの気候が急激に乾燥して行った時代に大規模に起こったと考えられている。 日本では、Erica属の植物は自生していない。しかし、園芸植物のジャノメエリカ(Erica canaliculata)は、 大正時代に南アフリカから持ち込まれた。釣鐘状の花の中を覗き込むと、蛇の目のようにみえるので、ジャノメと呼ばれる。しかし色は愛らしいピンクである。


ジャノメエリカ


春、fynbos草原にフリージア(Iridaceae Freesia sp.)やグラジオラス(Iridaceae Gladiolus sp.)の花が咲くといったら驚くだろうか。


フリージア



グラジオラス


フリージアの仲間は世界にある原種14種のうち12種が、グラジオラスの仲間は世界にある原種260種のうち250種が南アフリカ原産である。 日本に伝わった当初、フリージアはそのいい香りから香雪蘭、グラジオラスはオランダ人によって伝えられたので阿蘭陀菖蒲(オランダしょうぶ)と呼ばれたという。

初春に橙色の花を咲く君子蘭(Amaryllidaceae Clivia miniata)、初夏に青紫色の花を咲かせるアガパンサス(Liliaceae agapanthus africanus)も fynbos草原が故郷である。これらの色鮮やかな花がfynbos草原で咲き誇っている姿はヨーロッパのプラントハンターたちを魅了したのであろう。 彼らは、この花々に美しい学名をつけた。君子蘭の属名Cliviaは、イギリスのビクトリア女王が小さいときに家庭教師役だったCharlotte Clive后妃に 敬意を表した名前であり、アガパンサスの属名Agapanthusは、ギリシャ語で愛の花(Apapa + anthos)を意味する。 これらの花は、今は日本の街中でも、美しく咲き誇っている。


君子蘭



アガパンサス


fynbos草原から北西に進むと気候はさらに乾燥し、年間降水量200mm以下のSucculent Karooと呼ばれる半砂漠地帯が広がるようになる。 この極度に乾燥した大地には、分厚い葉に水分を蓄えるベンケイソウ科の植物が力強く生き延びている。


Fynbos草原よりもさらに乾燥したKaroo


カラフルな花を咲かせながら、花屋の店先で売られているベンケイソウ科のカランコエ(Crassulaceae Kalanchoe blossfeldiana)の仲間は、 Succulent Karooが故郷で、自生地では驚くべき繁殖力を持っている。


花屋でもよく見かけるカランコエ


カランコエは、分厚い葉の中に水分を蓄えることで乾燥した夏を生き抜き、また、 茎をやや水平に伸ばして地面と接触した部分から新たな根を生やして、別固体として次々に成長していく。 このように旺盛な繁殖力をもつカランコエを英名ではMother of Thousands(幾千の母)、 Mother of millions(幾万の母)、Leaf of life(生命の葉)などという。カランコエ属の種は世界に約125種あり、 葉から新たな芽が生えるハカラメ(Kalanchoe pinnata)もその仲間である。 ドイツの詩人ゲーテは、ハカラメを非常に愛し、赤ちゃんが生まれた知人にハカラメの新芽を贈ったという。

観葉植物の‘金のなる木’(Crassulaceae Crassula ovata)もSucculent Karooが故郷のベンケイソウ科の植物である。


金のなる木


金のなる木(英名、Dollar Plant)という名前の由来は、葉の形、厚みがコインに似ていることによる。 この植物もカランコエと同様、強い繁殖力を持ち、茎や葉が地面に落ちただけでそこから根を生やし新しい個体として成長していく。 この木は、日本では初春に小さなピンク色の花を咲かせる。 春になると、わずかな期間ではあるがSucculent Karooでは、一斉にいろんなキク科の花が咲くという。乾燥した大地の色が、赤やオレンジや白や紫に染まる。

庭先で時々見かけるディモルフォセカ(Asteraceae Dimorphotheca sp.)の花はSuccelent Karroに自生するキク科である。 この花は、形が異なる2つの種子を作るためにディモルフォセカ(Dimor + phoceca、ラテン語で2つの種子という意味)という学名がついた。 1つは平たく紙のようで風に飛ばされる形であり、もう1つは厚い殻を持つ針のような形。最初のものはすぐ発芽するが、厚い殻を持つものはやや遅れて発芽する。 このことにより、予想外に夏の乾季が長引いても生き延びることができるのだ。ディモルフォセカは太陽とともに花開き夕暮れになると花閉じる。 ケープタウンのKirstenbosch国立植物園では7−10月の南半球の春にディモルフォセカが一面に咲いているのが見られる。


ディモルフォセカ



ガザニア

赤土色のキク科の多年草であるガザニア(Asteraceae Gazania sp.)もSucculent Karooを染めるキク科の花の1つである。 乾季には、ガザニアの葉はすべて縮んでしまい、植物はまるで枯れたように見えるが、これは蒸散によって逃げる水分を最小限にするためで、 雨とともにガザニアは一気に生命力を取り戻し、花開き、花粉を媒介してくれる昆虫を呼ぶ。英名はこの花が赤土色であることからテラコッタ・デイジーという。

Succulent Karoo、fynbos草原を離れ、南アフリカの北東に進むと、Mpumalang地方がある。この地方でガーベラの原種Gerbera jamesoniiが発見されたのは1889年、 その後、主にオランダで数え切れない品種が生み出されていった。ガーベラの花色は赤、黄、オレンジ、ピンクとまるで太陽の色を揃えたかのようだ。 ちなみにMpumalangという地名はスワージ語で‘太陽が昇るところ’を意味する。


ガーベラの原種、Gerbera jamesonii。


最後にバオバブ(Bombacaceae Adansonia sp.)の木について書こう。



バオバブは、マダガスカルと南アフリカに自生するとっくりのような巨木で、この木は地元の人々と深い結びつきを持っている。 木の実は繊維質で甘く食用とされ、樹皮は乾かして屋根を葺くのに使われ、巨樹となり中空となった幹は住居としても使われる。 南アフリカのKruger国立公園には周囲が50mのバオバブがあると言われ、また南アフリカでは幹の空洞部分にテーブルといすを置き、 バオバブBarとしてお店を開いているところもある。
日本には、残念ながらバオバブの木はない。しかしバオバブと同じパンヤ科(Bombacacease)の観葉植物は街中でもよく見かける。 それはパキラ(Pachira aquatica)である。 パキラにはMoney Treeという愛称があるが、それはある台湾の伝承に由来する。昔々、貧しい台湾の農夫が偶然森の中でパキラの木を見つけた。 彼はその木を大事に育て、街で売ってみるとこれが飛ぶように売れ、裕福で幸せになったという。実際に台湾では輸出用観葉植物としてパキラを大栽培しており その貿易売上額は7億円にも上る(2005年)。パキラは台湾にとって名実伴にMoney Treeなのである。 そんなパキラは南アフリカ・マダカスカルのバオバブと遠縁なのである。


パキラ


街中では、ふとしたところで南アフリカに縁がある植物に出会う。いつの日か本当の南アフリカに行ってこれらの植物が乾燥した広大な大地に堂々と 育っているところを見たい。そのような幸運がいつか訪れてくれないだろうか、そう願う今日この頃である。

photos are from wikipedia and 季節の花300。


2008年8月10日