Where is 白鳥の湖?

去年の大晦日早朝、私たち家族3人は、茨城県潮来市の北浦の湖畔にいた。ここは白鳥の里と呼ばれ、毎冬多くの白鳥やカモ類が越冬しに飛来する。この時も、遠方まで含めれば優に数百を越える水鳥が群れていた。


潮来、北浦の白鳥


私たちを見ると餌がもらえるとばかり、湖面から湖畔に上がってけたたましい 鳴き声をあげながら近寄ってきた。白鳥は陸に上がると水面下に隠れていた足の分だけ 急に大きくなって見える。
羽をばたつかせようものならかずちゃんの背と同じぐらいになり、 かずちゃんはびっくりして思わずパンを投げてしまう。


かずちゃん、パンを投げる



するとそのパンはあっという間に白鳥やオナガガモのお腹の中へ。それもそのはず、私はかずちゃんに言った。
「白鳥はね、これから春になったらシベリアに帰るんだよ。数千キロ離れたシベリアに渡っていくには、とにかく食べて体力を付けなくちゃいけないんだよ。」

しかし。
シベリアとは具体的にどこなのだろうか。漠然と、とてつもなく広大な地域を指すロシアの地名だとは思うが、この辺だろうか?


赤丸の辺りがシベリアか?



ところが、この辺りは行政管区名では「極東ロシア」であるという。「シベリア」はおおよそウラル山脈東側からレナ川(4270㎞)の間を指す(地図の青丸)。しかし歴史的には、ウラル山脈東側からベーリング海峡までの広大な地域全体(地図の青丸と赤丸部分)がシベリアと呼ばれていた。


狭義だと青丸がシベリア。歴史的には、青丸と赤丸を合わせてシベリアと呼ぶ。



広義のシベリア(シベリア行政管区+極東ロシア行政管区)の面積は、約13,100,000平方キロメートルで日本の約35倍に当たる。広大なシベリアのどこから白鳥は日本に渡ってくるのだろうか?

かずちゃんと一緒に、白鳥の出てくる絵本を読んでいて気が付いた。
白鳥は、ほぼ必ず、右上つまり方角的には北東に飛んでいくように描かれている。または、右上から飛んでくる(帰ってくる)ように、描かれている。


内田麟太郎  はくちょう




花岡大学 かえってきたはくちょう



野鳥図鑑もまた然りである。「シベリアに帰る」と説明が付記されている写真は、 必ず、白鳥の向きは首が右~右上を向いているものが多い。日本人の頭の中には、白鳥は北東の空に飛んでいくというイメージが確固としてあるようだ。


野鳥図鑑、白鳥北帰行の写真



日本で越冬する白鳥(オオハクチョウ、コハクチョウ)は、春になって繁殖地であるシベリアに帰っていくときに、まず本州から北海道に渡る。この段階で、北北東の方角である。その後は、 樺太や千島列島沿いに北上し、オホーツク海を越えて極東ロシアの北極圏に近い繁殖地に到達する。やはり方角的には、北東~北北東に近い。

2000年代に入り、白鳥に受信機を取り付けて行う衛星追跡により、繁殖地の1つが極東ロシアのコリマ川(2129㎞)河口域(北緯70度、東経160度)であることが明らかになった。河口域といっても日本の川とはスケールが異なる。コリマ低地の大きさは、北海道にも匹敵する広大なエリアである。

しかし、そのような渡りの生態がわからなかった古来から、日本人は白鳥を敬い、その飛翔していく北東の空を見つめていた。どこへ行くかはわからない。しかし夏が過ぎて晩秋になると、白鳥は幼鳥を伴って北東の空から戻ってくる。また白鳥は、一度つがいになると生涯その関係を添い遂げる。そんな白鳥に対して、日本を含め世界各地で深い信仰心が生まれるようになった。


立体迷路に夢中。けっこう難しく家族誰もコンプリートできない



いつしか春。道端には、春の草が小さく誇らしげに咲き始めている。潮来市の北浦の白鳥は、もうシベリアに帰っただろうか、、。
そんなことを思っていた3月上旬、私はかずちゃんと一緒に、白鳥の湖のバレエを見る機会があった。その舞台は、初心者向けの説明を交えながら、白鳥の湖の見どころを演じてくれるというもので、多くの母子が、バレエの美しさに見入っていた。かずちゃんも、純白のチュチュを着たオデット姫が出てくると「わー、きれいな人!」とつぶやき、黒いフクロウの翼をまとったロットバルトを見て「あの人悪い人?」と怖そうな顔をする。

私も舞台を見ながら、この曲が「四羽の白鳥の踊り」だったのか、これが有名な黒鳥の32回転か、、と感慨にふけった。


舞台が終わった後、会場の前でうさぎを散歩させていた人がいました。 抱っこもさせてくれて、子供たちに大人気でした!



1875年、作曲家として名を知られつつあったチャイコフスキーは、ボリショイ劇場の支配人であるウラジミール・ベギチョフから、新しいバレエ作品である「白鳥の湖」の作曲を依頼された。
もともとバレエに興味を抱いていたチャイコフスキーは、その物語に対して、素晴らしいバレエ音楽を作曲した。ところが当時のロシアでは、バレエは今だ揺籃期にあった。オペラや交響曲に比べてバレエは二級芸術とされており、振付師や演奏者にとってチャイコフスキーの作曲は高尚過ぎて理解できなかったのである。そのため白鳥の湖は、チャイコフスキーの作曲の半分近くが削除され、別の舞踏曲と入れ替えられたりして継ぎはぎだらけの作品となり、初演は大失敗だったと伝わる。

その後、チャイコフスキーは、「くるみ割り人形」や「眠れる森の美女」等のバレエ音楽、オペラ「エフゲーニー・オネーギン」や交響曲を作曲し、ロシアを始め欧州でも著名な音楽家となる。しかし、バレエ「白鳥の湖」が日の目を見るのは、チャイコフスキーの死後であった。

フランス生まれマリウス・プティパ、ロシア生まれのレフ・イワーノフという2人の天才振付師が、「白鳥の湖」の総譜を見直し、それに見合う形でバレエの振付を大幅に改定。チャイコフスキーの死後2年後(1895年)に、マリインスキー劇場で蘇演された「白鳥の湖」のバレエは大成功を収めたのである。

さて、チャイコフスキーが生まれ育ったロシアのペテルブルグ、音楽家として歩み始めたモスクワ音楽院のあるモスクワ、演奏会で何度も訪れた欧州、そして晩年の住まいとなったクリン村(モスクワ北西70キロに位置する)は、オオハクチョウ(Whooper Swan)、コハクチョウ(Tundra Swan)、コブハクチョウ(Mute Swan)の生息域に当たる。

3種とも、ヨーロッパ・ユーラシア大陸に広く分布する種である。そのうち、オオハクチョウ、コハクチョウの2種は、極東ロシアで繁殖する個体群が日本にも飛来する。コブハクチョウは、主にヨーロッパからシベリア中央部が分布の中心で日本には渡来しないが、移入された個体が日本各地で生息している。


皇居のお堀にいるコブハクチョウ。1羽しかおらずちょっと寂しそう。



横浜市のこどもの国にいるコブハクチョウ。通年園内の白鳥池に住むが、つがい(奥の小屋の中にもう一羽見える)で暮らしており卵も産む。しかし抱卵途中で放棄してしまい、孵ることはことはないそう。



チャイコフスキー(1840-1893年)が生きた時代は、ヨーロッパやアメリカで急速に鉄道網が広がっていった時代である。しかし、シベリア横断鉄道はまだ開通しておらず、大規模な天然資源開発やダム工事などもなかった。今より遥かに自然は豊かで、水鳥の生息地も多く存在した。
チャイコフスキーは、故郷ロシアの湖沼群や演奏旅行先などで、白鳥を見る機会が多々あったのではないだろうか。

オオハクチョウもコハクチョウも、西はヨーロッパから東はベーリング海にかけて生息していることから、ロシアが世界最大の繁殖地であると考えられる。
ロシアにおいて白鳥はどのように生きているのだろうか。一口にロシアといっても、その面積は、日本の約45倍である。繁殖地はどこなのだろうか。どこに渡って越冬するのだろうか。生息地の西端(ヨーロッパ側)と東端(カムチャッカ半島側)では、もちろん個体群も大きく異なるに違いない。

その答えは、イギリスの著名な鳥類学者、マーク・ブラジル氏の論文「The Status and Distribution of the Whooper Swan Cygnus cygnus in Russia I, II」に見出すことができた。これは、ロシアにおけるオオハクチョウ(Whooper Swan)の生態に関する論文をまとめたものである。

白鳥はその白さが物語るように、極北の鳥である。冬は全てが凍り付く極北の地は、夏数か月間だけ氷が融け川が流れ、広大な湿地帯が出現する。そこで白鳥のつがいはひなを育て、また氷に閉ざされる前に数千キロ離れた南部の越冬地へと渡っていく。

白鳥の繁殖地と越冬地で大きく異なるのが、その生息密度である。例えば、日本の有名な白鳥の越冬地である新潟県瓢湖(2.8平方キロメートル)、宮城県伊豆沼(3.3平方キロメートル)、北海道クッチャロ湖(27平方キロメートル)等では、毎年2000~6000羽の白鳥が越冬する。その生息密度は、200~2000羽/㎞2にもなる。ところがオオハクチョウはロシアの繁殖地においては0.02~1/㎞2という極端に低い生息密度であり、その差は、越冬地と繁殖地で1000倍以上となる。 繁殖中には、縄張り意識が強まることに加えて、外敵から身を守るため、ヒナに十分な餌を確保するためといった要素が重要になるのであろう。

オオハクチョウは草食性である。細長い首を駆使して、落ち穂を探したり、水中の植物の根茎を食べたりする。ダイバーみたいに潜ることはできないため、水中での採餌はその首を沈められる深さに限られる。そのため遠浅の河口や河原、湿地帯がオオハクチョウの繁殖地となる。

著者はロシアを、Western Russia(西部ロシア), Western Siberia(西部シベリア), Central and Eastern Siberia(中央部・東部シベリア), Russian Far East(極東ロシア)の4つに地域に分けている。これら個々の地域が、ヨーロッパ全域よりも大きい。この4地域にかけて、例外もあるが、北緯約50~72度の間にオオハクチョウの繁殖地が存在する。

ロシア全土
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(1)西部ロシア
ヨーロッパ国境からウラル山脈までを含むこの地域は、昔も今もロシアの文化・経済の中心である。 帝都ペテルブルグ、首都モスクワがあり、南には黒海が広がる。ペテルブルグはチャイコフスキーの生まれ故郷であり、モスクワは彼が作曲家としての道を歩み始めたモスクワ音楽院がある。また現在はウクライナにある黒海沿岸の町オデッサ、首都キーウ、妹が住んでいたカメンカという街もチャイコフスキーにゆかりのある土地である。

ロシア西部
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そんな西部ロシアの東側に、ロシア、カザフスタンにまたがって南北3000キロ以上にわたって聳えるのがウラル山脈である。ウラル山脈の最高峰は、ナロードナヤ山(1894m)であり、富士山(3776m)や日本アルプス(北岳3193m)のほうがはるかに高いが、その成立は石炭紀後期で地球上で地質学的に最も古い。この長大な山脈は、歴史上、ロシアの東征を阻んできた。

西部ロシアにおけるオオハクチョウの重要な生息地は、概ね北極圏の緯度(66.33度)付近に存在する。フィンランドと国境を接するコラ半島、その南部の白海や東部のバレンツ海沿岸、カニン半島、さらに東部のペチョラ川(1809km)下流域等である。

これらの地域をGooglemapで机上旅行してみると、川は蛇行しながら幾つにも枝分かれし、下流域には広大な湿地ができていること、名のつかない湖沼も無数に存在することに気づく。

コラ半島


ペチョラ川下流域


比較のために、同スケールで釧路湿原と信濃川(367km)の下流域を見てみる。

釧路湿原


新潟市


釧路湿原でも信濃川(367km)の河口がある新潟市においても、道路や町名、市街地が目立つ。コラ半島やペチョラ川(1809km)下流域とは対照的だ。ロシアのオオハクチョウ繫殖地は、ほとんど人の手が入っておらず、また簡単には到達できない広大な湿地帯であることが想像される。

また北極圏からは700キロほど南になるが、チャイコフスキーの故郷ペテルブルグやその北東にあるラドガ湖においても、1960年代まではオオハクチョウの繁殖の記録がある。

不思議なことに、100平方キロメートルに数ペアという低密度で繁殖するオオハクチョウは、ヒナも成鳥とほぼ同じぐらいに成長し、秋が深まるとその地域にある大きな湖に集結するようになる。そして湖が結氷するか否かのぎりぎりの時期に、隊列を組んで越冬地へと飛び立っていく。

越冬地としては、フィンランド湾を経由して行くバルト海南岸、黒海沿岸及び東ヨーロッパ、そしてカスピ海北岸等が知られている。

カスピ海は、ロシア、カザフスタン、イラン、トルクメニスタン、アゼルバイジャンの5か国と国境を接する世界最大の湖であり、その面積は日本とほぼ同等である。その北岸の街アストラハンには、カスピ海に流れ込むヴォルガ川(3690km)によって形成された巨大な三角州があり、何十万羽もの水鳥の越冬地になっている。ここは夏にはハスの花が咲き乱れることで有名で、冬には水中に膨大なハスの根茎が残るが、オオハクチョウはそれが大好物なのだ。また西岸の街マハチカラ近傍キスリャルの湿原、東岸カザフスタンのKulaly Morsoi諸島も重要な越冬地である。意外だが、寒さが厳しい冬にはオオハクチョウはカスピ海南岸のイランにまで渡って越冬することがある。

(2)西部シベリア
西部シベリアは、西はウラル山脈、東はエニセイ川(4130㎞)、北は北極海、南端はカザフスタン国境で囲まれた広大な地域である。

西部ロシア
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南部には、シベリア横断鉄道沿いに、エカテリンブルグ、オムスク、ノボシビルスクといった都市があるが、北部にはオビ川(5570㎞)とエニセイ川(4130㎞)沿いに小さな町が点在するばかりである。毎年結氷と融解を繰り返す土地は、人にとっては住むのが困難だが、水鳥にとっては人間活動の影響を受けずにすむ適した繁殖地となる。

ウラル山脈の東側には、5570kmの長さを誇る大河オビ川が流れる。北海道稚内から沖縄南端までが約3000kmなのでそれよりも遥かに長い河川である。オビ川は、ロシア、カザフスタン、モンゴル、中国の国境にまたがって聳えるアルタイ山脈(最高峰:ベルカー山4506m)に源を発し、源流域のステップ気候、ステップ森林、タイガ、ツンドラと複数の気候帯を蛇行しながら北上し、最後は北極海へと流れ出る。

下流域のツンドラ気候帯では10月から翌年6月まで結氷するのに対し、上流部では数か月早く春が訪れ水量が増し川は躍動して流れ始める。その流れがまだ結氷している箇所に到達すると、轟音と共に氷は砕けて洪水が起こりさらに下流へと動き出す。こうして毎春新しく作られる氾濫原が、オオハクチョウの重要な繁殖地となる。オビ川(5570㎞)の解氷に合わせるように、白鳥は北上してくる。

オビ川下流域の湖沼群には、カヤツリグサ科やイネ科のアシが豊富に育つ。それらの草を湖面より小高いところに重ねて丸くしオオハクチョウは巣を作る。抱卵期間は1か月。孵ったヒナが大きくなり長距離を飛翔できるようになるまで約3か月を要する。オビ川下流域の春、夏、秋は、合わせて4か月あるかないかであることを考えると、オオハクチョウの繁殖は時間との闘いである。孵化するのが遅れたり、冬の到来が早かったりすると、死亡してしまうひなや越冬地まで到達できない若鳥も多くなる。

またオビ川(5570㎞)上流の支流であるトボル川(1591㎞)周辺、ロシア南部とカザフスタンにまたがって広がるステップ草原においてもオオハクチョウは繁殖する。ステップ気候は年間降水量が200~300㎜と少なく森林は育たないが、営巣に必要な草本類は豊富に存在するためである。この土地は内陸のため年較差が大きく、最高気温は夏は20度まで上がるが冬は―15度という極寒の世界になり、オオハクチョウの個体群は冬はカザフスタン南部へと渡っていく。オオハクチョウの中で特に渡りの距離が短い個体群である。

興味深いことに、アルタイ地方はオオハクチョウの繁殖地かつ越冬地でもある。それはアルタイ地方には、湧水によって冬も凍結しない湖があるからである。北極圏で繁殖した個体群は、冬にこれらの不凍湖に南下してきて越冬する。その1つとしてLebedinoe Lakeという湖がある。

私は、そのLebedionoe Lakeを検索した時に、息をのむほど驚いた。バレエ「白鳥の湖」に関するページがたくさん出てきたからである。
「どうして、、?」
そう思いながら画面をゆっくりスクロールしていくと、バレエ「白鳥の湖」の原題はLebedinoe Ozero(Lebedinoeはロシア語で白鳥、Ozeroは湖)であることが分かった。つまり「白鳥の湖」と同名の湖がアルタイ地方には実在していたのである。古くからアルタイの人々が白鳥の名を冠して呼んでいたのものが、そのまま湖の正式名称となったのであろう。

またLebedinoe Ozeroという名の湖は、アルタイ地方だけでなく、西部ロシア、カスピ海北岸、アムール川(4368㎞)流域、カムチャッカ半島など多数存在することが分かった。


GooglemapでLebedinoe Ozeroと検索すると出てくる湖



(3)中央部・東部シベリア
西はエニセイ川(4130㎞)、東はレナ川(4294㎞)、北は北極海、南はモンゴルの国境に沿ってサヤン山脈やヤブロノブイ山脈が聳える中央部・東部シベリアは、世界で最も人口密度が低い地域の1つかもしれない。

中央部・東部シベリア
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オオハクチョウの繁殖地は、西部ロシア、西部シベリアと同様に北極圏付近のタズ川(1401㎞)沿いや下流域で見られる。そしてそこから東南に2600キロ離れたバイカル湖においても繁殖が行われる。

バイカル湖は、世界最大の淡水湖であり、その水は40メートル以上の透明度を誇る。冬季には、湖は厚さ1メートルを越える氷に覆われるが、夏季には、夏季にはセレンガ川(992㎞)、上アンガラ川(438㎞)等の広大な流入河川の河口域が水鳥の営巣地となる。

半世紀前は、オオハクチョウ始め多くの水鳥の営巣が知られていたが、1960年代以降は、湖畔に建設されたパルプ工場の排水等の影響で環境が急速に悪化しオオハクチョウの数は激減したと言われる。

Googlemapで俯瞰するとバイカル湖からモンゴル国境までは約400キロの距離で、両国側に多くの湖沼群が存在する。バイカル湖畔を追われたオオハクチョウの個体群はどこに飛んで行ったのであろうか。

(4)極東ロシア
西はレナ川(4294㎞)、東はベーリング海、南は中国との国境をなすアムール川(4368㎞)に囲まれた極東ロシアには、カムチャッカ半島、オホーツク海、千島列島、サハリン(樺太)といった、日本人には聞き馴染みのある地域が多く存在する。そしてこれらの多くは、オオハクチョウの重要な越冬地、繁殖地、かつ渡りの中継地でもある。

極東ロシア
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日本で越冬する白鳥(オオハクチョウ、コハクチョウ)を衛星追跡することによって、繫殖地の1つが極東ロシア、コリマ川(2129㎞)下流域の湿原であることが判明した。コリマ川は南部にある山脈に源を発し、蛇行しながら北上して北極海に流れ込むが、流域全体がツンドラ又は永久凍土である。1年のうち250日近くが地下数メートルまで凍結する。

この地域に刻まれた歴史は、決して明るいものでない。 スターリンの時代には政治犯らが強制労働収容所送りにされ、第二次世界大戦後は多くの日本兵がシベリア抑留のために命を落とし、またソ連崩壊後は政府からの支援が途絶え、困窮に喘ぎながら棄民のような生活を続けている人々がいる。

そんなコリマ流域であるが、夏場はオオハクチョウを始め水鳥たちの大営巣地となる。その生息密度は、21/100㎞2という記録があり、ロシア全域の中でも最大である。

日本からコリマ川(2129㎞)湿原への渡りには、
(1)北海道北部から、サハリン・アムール川(4368㎞)河口、オホーツク海を越えてマガダンに到達し、コリマ湿原
(2)北海道東部から北方四島、千島列島、カムチャッカ半島を北上し、コリマ湿原
の2つがある。今までの地域(西部ロシア、西部シベリア、中央部・東部シベリア)と決定的に異なり、両経路にはオホーツク海が存在する。

なかでも難所となるのが(1)の経路のサハリン・アムール川(4368㎞)河口からマガダンにかけてである。オオハクチョウたちは、この長距離の海越えの前に、アムール川下流域、サハリン北部、またさらに北のシャンタル諸島の湖沼群にて、十分な餌を食べてエネルギーを蓄える。

一方、(2)の千島列島、カムチャッカ半島経由は、火山列島を飛んでいく渡りである。火山活動の影響で冬でも凍らない湖沼群が多数あり、カムチャッカ半島で越冬する個体群もいれば、夏場に繁殖する個体群もいる。特に、極東ロシアの東端にあるチュコート半島で繁殖する個体群は、カムチャッカ半島で越冬すると考えられている。

サハリンも千島列島も、日露の複雑な戦史が刻み込まれた土地である。しかし同時に、両国間を飛翔して生息するオオハクチョウ(そして、その他多くの渡り鳥)にとっては、生きるための要となる島々として存在する。


あやとりに夢中。歯磨きの仕上げ磨き中にも練習するという熱心さ。



さて、バレエ「白鳥の湖」には、悪魔の娘として黒鳥のオディールが登場する。白鳥のオデッサ姫と瓜二つというオディールは、妖艶な魅力で王子を虜にするという役柄であるが、オーストラリアに実在する黒鳥(Black swan)は、もちろんそんな鳥ではない。


黒鳥の赤ちゃんは、なんと白色! Wikipediaより



紀元前から、白鳥は白というのがヨーロッパ文化圏における概念であった。ところが大航海時代に突入し、1697年オーストラリアにて黒鳥が発見されるとその概念が覆され、欧州の人々は衝撃を受けた。そして発見から100年近く経つと黒鳥は観賞用に世界各地で育てられるようになる。

チャイコフスキー(1840-1893)の時代には、ロシアで黒鳥を見ることはできたのだろうか。チャイコフスキーは、白鳥の湖を作曲する際に、オーストラリアに実在する黒鳥の存在を知っていたのだろうか。 その答えは想像にまかせるしかないが、白鳥の生息する湖、Swan Lakeは、北半球のみならず、南半球にも存在するのである。

かずちゃんがやってくれる図書館のカウンターごっこ。ママが「この本貸してください」というと 「あ~、このカードはまだ返してない本があるから借りられません」と言われてしまう。ママが図書館のカウンターでよく言われることをちゃんと知っているのだ。



白鳥は渡り鳥の中で世界最大である。オオハクチョウの成体では体重8-10キロにもなり、翼を広げると2メートルを越える。また一度つがいになると一生涯その関係を続ける。そんな白鳥から想起されるイメージは、王族、自由、愛、叡知等であり、古今東西の多くの童話・物語に白鳥は登場する。

悪魔によって白鳥に姿を変えられた王子や王女が、戦いの末に人間の姿を取り戻す「野の白鳥」や「リヤ王と白鳥になった子どもたち」。

人間に助けられた白鳥が、恩返しにくる「白鳥とくらした子」や「タランの白鳥」。ロシア、ウラル地方に伝わる「エルマクの白鳥」も白鳥がコサックの首領を助けるシーンがある。

これらの童話の中には、内容や挿絵から白鳥の種が同定できるものがあることに私は気づいた。
「白鳥とくらした子」は、イギリス人のシシリー・メアリー・パーカーの作品であり、挿絵から嘴の上にコブがあるコブハクチョウ(Mute Swan)だとわかる。コブハクチョウは、イギリスでも最もよく見られる白鳥であり、北部で繫殖する個体群が南部で越冬するので、一年を通して見ることができる。英語でMute Swanと呼ばれるのは、鳴き声が他の白鳥種に比べて静かだからである。


白鳥とくらした子の表紙。コブハクチョウであることがわかる。



対照的に、北米に生息するナキハクチョウは、甲高い独特な鳴き声を持ち、Trumpet Swanと呼ばれる。アメリカの有名な児童文学者E.Bホワイト作「白鳥のトランペット」は、もちろんTrumpet Swanがモデルである。

鳴くことのできないナキハクチョウがトランペットを手に入れ、有名なトランペット吹きとしてアメリカ中を飛び回り、人生を切り拓いていく白鳥の冒険物語であり、最後には、トランペットで求愛して、美しい白鳥のメスと結ばれてハッピーエンドとなる。ナキハクチョウは、翼開長が2.6メートルにもなるハクチョウ類最大の種である。

アイルランドに古くから伝わる童話「リヤ公と白鳥になったこどもたち」も、挿絵からコブハクチョウだとわかる。表紙の絵では、嘴の上のコブに冠をかぶっている。


リヤ王と白鳥になったこどもたちの表紙。コブの上の王冠が愛らしい。



悪魔の呪いで白鳥になった4人のこどもたち(王子2人、王女2人)は、艱難辛苦を乗り越え人間に戻る。そして無事に王位を継承し、王国には平和が訪れる。白鳥になった4人のこどもたちの名前、コーマック(男性名)、フィン(男性名)、ライバン(女性名)、メイブ(女性名)は、今でもアイルランドでありふれた名前であり、アイルランド人の祖先が白鳥であることを想わせるエピソードである。

極東ロシアのラムート族の間に伝わる「ウムチェギンと白鳥の乙女」では、ウムチェギンという男が白鳥の羽を1枚奪い、天に帰れなくなった白鳥の乙女を妻にする。子どもも生まれ数年たった後、隠された羽を見つけた乙女は、また天に帰る。ウムチェギンは、天に帰った妻を探して何年もの間旅に出て、ようやく妻を連れ戻し、その後二人は仲睦まじく人間世界で暮らしたという。この童話も、先祖が白鳥であることを感じさせる。

また、日本には東方遠征から故郷の大和に戻ろうとした日本武尊が白鳥の姿になって天上に旅立ったという白鳥伝説が伝わる。

白鳥先祖説と思われる物語が、ヨーロッパ・ユーラシアの東西両端に存在するのは、非常に興味深い。 大きさ、優雅さ、飛翔力などから、白鳥が東西両文化圏で古くから敬愛され信仰されてきた証拠であろう。そして、そんな白鳥の姿からチャイコフスキーやプティパ、イワーノフらは、インスピレーションを得て、バレエ「白鳥の湖」が生まれたのであろう。


台所でのお手伝いも大好き!卵も割れるよ~、と得意げ



さて、日本でバレエはどのように広まっていったのだろうか。「白鳥の湖」の初演はいつだったのであろう。

ロシアを代表する名バレリーナ、アンナ・パブロワ(1881-1931)が初来日したのは、1922年(大正11)であった。アンナ・パブロワは、自身の代表作である「瀕死の白鳥」などを踊り大成功を収めた。彼女の公演を見る機会があった芥川龍之介も「露西亜舞踏の印象」という寄稿文の中で絶賛の言葉を残している。アンナ・パブロワは、名門マリインスキー・バレエ団に在籍していたが、長期の海外公演への想い止まず2年間の休業を申し出る。しかしマリインスキー・バレエ団はそれを拒否したため、アンナ・パブロワは退団し、1911年には自前のバレエ団、パブロワ・カンパニーを設立。そしてアジア、北米、南米と世界中を廻り、バレエのすばらしさを伝えた。しかし1931年、巡業先のオランダにて胸膜炎を発症。手術をすればバレエはできなくなると言われ延命を拒否。享年50歳であった。

アンナ・パブロワが日本でバレエが広まる火付け役だったとすれば、その火が消えぬよう大事に守り育てたのは、エリアナ・パブロワ(1897-1941)である。エリアナ・パブロワは、ロシア革命を逃れて1919年に母、妹共に日本に亡命。その後は日本各地で細々とバレエ公演を行い、徐々にそれが評価され、1927年鎌倉の七里ヶ浜に日本初のバレエ学校を開設。1937年には、母、妹も一緒に日本人に帰化し、霧島エリ子と名乗るようになった。第二次世界大戦勃発後は、兵士慰問のためにバレエ公演を行うが、1941年慰問先の上海にて病に倒れて急逝。バレエ界からは、早すぎる死を惜しむ声が絶えなかった。

そしてエリアナの弟子たちによって、戦後間もない1946年に、日本人ダンサーによる初めての「白鳥の湖」が全幕上演された。物資不足で満足な衣装も準備できない中での公演だったが、会場は観客の拍手に包まれたという。

激動の時代に生まれたアンナ・パブロワ、エリアナ・パブロワの人生。たどり着いた場所で美しくも必死に生き抜いた姿は白鳥と共通ではないだろうか。白鳥は、世界最大の繁殖地であるロシアから二十近くもの諸国へ幼鳥と共に生死をかけて飛び立っていく。その渡りに国境はない。

ウクライナ侵攻が始まり半年以上たつが、白鳥のことを鑑みると、国境とは何なのだろうと思わざるを得ない。一刻も早く、両国の間に平和・停戦が実現することを心から祈る。

参考文献
鳥の自由研究 町のまわりで観察 秋冬 アリス館 吉野俊幸写真 寒竹孝子文 高橋和枝絵
鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス) 樋口 広芳
いつ寝るの? かがくのほん 高田 勝/文 福音館書店
どこいくの? かがくのほん 高田 勝/文 福音館書店
探して発見!観察しよう 生き物たちの冬ごし図鑑 鳥 汐文社 著:佐藤裕樹 監修:今泉忠明
ハクチョウ 水べに生きる 文 嶋田哲郎 写真 伊藤利喜雄 小峰書店
白鳥の旅 シベリアから日本へ 長谷川博 東京新聞出版局
月刊 たくさんのふしぎ ハクチョウの冬ごし 太田威 文・写真 福音館書店
北国からの動物記 ハクチョウ 竹田津実 アリス館
白鳥の旅 シベリアから日本へ 長谷川博 東京新聞出版局
駒ちゃんは片翼のオオハクチョウ 浜田実弥子作 ひろのみずえ絵 新日本出版社(新発田市五十公野升潟(イジミノマスガタ)に住むオオハクチョウの話)
ムツゴロウの図書館2 ドンキーの空 畑正憲 朝日出版社
白鳥 嵯峨悌二 講談社
川の地理図鑑ー人びとのくらしと自然ー6 ボルガ川 デイビッド・カミング著 新井朋子訳 偕成社
狼 シベリアの牙王 写真 田中光常 文 戸川幸夫 小原秀雄 潮出版社
知られざるシベリア抑留の悲劇―占守島の戦士たちはどこへ連れていかれたのか 長勢 了治 芙蓉書房出版
寒冷アジアの文化生態史 高倉浩樹 古今書院 第4章 西シベリア森林地帯における淡水漁猟とトナカイ牧畜の環境利用 大石侑香 (夏は白鳥狩猟)

お日さまとトナカイ シベリア・極東のむかしばなし集 むらやま あつこ訳 なかざわ みほ絵 新読書社
世界の鳥の民話 三弥井書店 日本民話の会・外国民話研究会 編訳
世界の民話 リトアニア 商人の息子と白鳥の乙女グルペー(グルペーの知恵で困難を乗り越えて、2人は幸せに結婚)
世界の民話 シベリア東部 ラムート族 ウムチェギンと白鳥の乙女(祖先が白鳥であることを思わせる神話)
白鳥のコタン むかしむかし絵本 25 あんどう みきお/ぶん ポプラ社
リヤ王と白鳥になった子どもたち シーラ・マックギル=キャラハン文 ガナディ・スピリン絵 もりおかみち訳 冨山房インターナショナル(悪魔の継母に白鳥に帰られた4人が困難を乗り越えまた人間に戻り、父である王のもとに帰る。4人の子供の名は、今もアイルランド人に多い)
タランの白鳥 神沢利子作 大島哲似画 福音館書店(美しい女になって恩返しに来る。しかし悪いシャーマンに正体を暴かれ、2人は死んでしまう)
白鳥のトランペット E.B.ホワイト作 松永ふみ子訳 エドワード・フラシーノ画 福音館文庫(鳴くことができない白鳥がトランペットを手に入れて、友達である少年の手助けを得ながら、有名なトランペット吹きとなる物語。最後は、トランペットで求愛したメス白鳥と幸せに結ばれる。カナダ北部、モンタナ州レッドロック湖、ボストン、フィラデルフィアが舞台)
白鳥とくらした子 シシリー・メアリー・パーカー作・絵 八木田宣子訳 徳間書店 (傷を負って助けてもらった白鳥が、意地悪な叔母に預けられた少女を助け、遠い航海に出た父親が帰るまで一緒に暮らすという物語)
エラと白鳥のみずうみ ジェイムズ・メイヒュー作 灰島かり訳 小学館
のんちゃんと白鳥 石倉欣二 絵と文 小峰書店(伊豆沼での白鳥について)
ふわふわ 白鳥たちの消えた冬 中山聖子作 尾崎慎吾画 福音館書店
ユキとキララと七わの白鳥 白鳥のふたごものがたり いぬいとみこ作 いせひでこ絵 理論社
焼けあとの白鳥 長崎源之助全集14 偕成社
少年と白鳥 キャサリン・ストー作 定松正訳 かみやしん絵 さ・え・ら書房
石の花 ~ロシア・ウラル地方に伝わるおはなし~ パーヴェル・バジョフ作 江上修代訳 芦川雄二画 新読書社
みどりいろの童話集 アンドルー・ラング編 西村醇子監修 東京創元社 魔法の白鳥(グリムの金色のがちょうと同じ話)
決定版 完訳グリム童話集3 野村泫 筑摩書房 六羽の白鳥(アンデルセンの野の白鳥とほぼ同じ)
とびさった白鳥<国のできるころ>川崎大治・松谷みよ子・与田準一編集 滝平次郎絵 童心社
白鳥になった人形 文・須藤克三  絵・箕田源二郎  ポプラ社の創作絵本8
白鳥になった王子 切り絵・作 早川鉄平 (今までの愚行を悔いた王子が白鳥に生まれ変わる)
白鳥のおきさき リトアニア(ソビエト)の民話 シグテ バリュベネ絵 中込光子訳 ほるぷ出版(王様との間に王子を産んだ若い白鳥が、お城を追われた後も王子の世話をしに通い続ける物語)
白鳥のまあちゃん(どうぶつノンフィクション絵本2) 神津良子 郷土出版社
(沖縄・奄美の民話)白鳥(しらとり)のむすめ 永山絹枝・文 井口文秀・絵 小峰書店(恩返しにくるシラサギの物語)
長崎県の民話 日本児童文学者協会編 偕成社 (牛おにと白鳥(しらとり))

チャイコフスキーのバレエ音楽 小倉重夫 FM選書45 共同通信社
白鳥の夢はるか 日本ではじめてのバレエ学校 まごめやすこ作 藤枝つう絵 小峰書店(ロシア革命後日本に亡命して鎌倉七里ヶ浜に日本初めてのバレエ学校を設立。戦中慰問活動中に破傷風にて死亡したエリアナ・バブロバの物語。)
チャイコフスキー―クリンヘ帰る旅びと (作曲家の物語シリーズ 1) ひのまどか
アンナ・パブロワ 世界にバレエのすばらしさを伝えた「白鳥」(集英社版・学習漫画 世界の伝記NEXT) 漫画くりた陸 シナリオ黒沢翔 集英社

The Status and Distribution of the Whooper Swan Cygnus cygnus in Russia I, II Mark Brazil