マラッカ探訪

マラッカは,古代から東西を結ぶ貿易の街として栄えた.その貿易において金銀に勝るとも劣らない重要な地位を持っていたのが,中国産の磁器であった.

陶器と違って非常に丈夫でたたくと金属音のする磁器を,西洋の人は熱狂的に買い求めたという.中国から,船に乗り,東南アジア,インド,アラビアという海のシルクロードを越えて,磁器は西洋に運ばれていった.そして,各港で荷物の積み降ろしをするときに,割れている磁器は,海岸に打ち捨てられたのだという.

「マラッカの海岸では,結構簡単に破片が出るらしいよ.」という知人の一言と,昔の東西を結ぶ交易の様子が頭の中から離れず,マラッカに行く機会があったら,磁器の破片を探して,砂ほりをしようといつからか思うようになった.

マラッカを訪れる機会は,ブルネイの植物生態学調査の帰途に訪れた.クアラルンプールで一日のトランジットがあったのである.これは,マラッカに行くしかない.私は,4時間もバスに揺られながら,クアラルンプールから南へ130km離れたマラッカへと向かった.小型のスコップを背中に背負いつつ.

マラッカの街へついたのは,夕方であった.RM75払って,小綺麗なホテルに泊る.ホテルの近くを探索しつつ,明日の海岸歩きに向けて,早めに寝た.朝は,6時にホテルを出て,タクシーを使ってTanjun Berunasという海岸に向かってもらう.ついたのは,6時40分でまだ日の出前であった.

裸足になった足で砂の上を歩き,ペタリと座り込んで,波の音を聞いてみた.コンパスを向けてみると,海はほぼ正確に真西を向いている.この向うにインドやアラビアがあって,磁器が運ばれていったのだ.そう回想しながら,砂を堀りはじめてみる.しかし,とてもつかれる.それに,砂浜は広いし,深いし,磁器が打ち捨てられた場所がここであるかも定かではない.

「やっぱり,磁器を探して砂堀というのは,少し,無謀すぎたかな.」私は,自分の計画に照れ笑いを漏らしながら,磁器の破片ではなく,いつしか,貝殻を集めながら歩いていた.7時少し前.日の出はもうそろそろのはずである.

砂浜を歩いていくと,ちょうど漁に出かける準備をしている男の人たちがいた.波打ち際においてあるボートを引っ張りながら,海に半分入れる.そして,エンジンを取り付けるといった様子を,私が物珍しそうに写真におさめていると,そのうちのおじさんの一人が,漁に一緒に来るか?と,誘ってくれたのである.

そのおじさんの名前は,Pa.Suboh.ボートをしばらく走らせた後に,網を放ちはじめた.「一時間待つ.」という.その網は,100-150mぐらいあり, Pa.Subohは,エンジンの回転を遅くさせながら,網を手際よく放っていく.私は,一体これでどんな魚が釣れるんだろうと思った.

一時間待つ間,他愛もない話をした.家族の話,何をやっているかなど.おじさんの子供は,8人.おじさん自身の兄弟は12人.大家族である.海老が1kgRM40で売れる.子供の一人は,トラックドライバーとして働いており一日RM30,菓子職人をしている子供は,一日RM20で働いている.「つれるかどうかは,アッラーのご加護によるのさ.」というPa.Subohは,熱心なイスラム教徒であった.

時間を見計らって,おじさんは網を引っ張りあげはじめた.それを熱心に見守る私.まず,最初にあらわれたのは,海老.しかし,そのあとは,小魚,小魚,クラゲ,これは食べないので捨てる.小魚,小魚.青い足の蟹.食べられない魚という調子で,素人目の私にも余り調子がよくないんだなということがわかった.150mの網は全部引き上げられ,再度別の場所に行って,網を放つ.しかし,結果は似たりよったりで結局2回の漁で,小さいバケツ半分ぐらいが今日の収穫であった.

時間は10時.ボートは,浜に帰っていく.そして,うまいこと浜に乗り上げたあと,バケツを持って市場へ向かうPa.Suboh とお別れした.今日の収穫はいくらになるのだろう.魚は,海老より値段が安いといっていたから,あのバケツ半分で,RM20ぐらいだろうか.決して豊かな生活ではなさそうだ.しかし, 朝早くから,マラッカ海岸を散歩している(しかもスコップ持って)奇妙な日本人を漁に誘ってくれたおじさんに感謝.感謝.ボートの上から,きれいな朝日も見られたし,本当にありがたかった.

そのあと,私はさらに海岸を歩き,眠気に誘われるまま砂浜の上に横になった.最初は曇りだからよかったのだが,途中から気持よさそうに太陽が現れ,暑くて寝られなくなってしまった.荷物を抱え,フラフラと蜃気楼の下を歩き,大樹の陰に入り,一息つく.大樹の下と,太陽光が直接当たるところは,驚くほど温度も湿度も違う.まず,砂が熱くなく,体に出始めていた汗も,すっと引く気がした.

「樹は偉大な慈悲深い植物である.これから,その樹を倒そうとする木こりにさえも休息するための木陰を与える.」どこかの有名な詩.幸せな気持になりながら,この大樹の下で私は,2時間も眠りこけてしまった.

起きると,時計は,2時をさしている.太陽も確実に動いていた.何故なら私の寝ていた場所に太陽光が当たりはじめていたからだ.私は急いで,又木陰の真ん中に移動し,遠くの道路には,蜃気楼が見えることを確認した.今,一番熱い時間帯なのかも知れない.そして,1時間ほど,ここで読書.

そのあと,又海岸を歩くと,多くの家族連れが海で遊んでいた.小さい子供連れのおかあさん.サークルか何かでヨットの講習をしているグループ.イスラムの国だからか,ある年齢を越えた女の人は泳いでいない.手をつないで散歩しているカップルは見掛けた.

驚いたのは,まだ5才ぐらいの小さい女の子達が,海の中で遊んでいたのだが,ちゃんと髪を隠す布をかぶっていたこと.しかし,弟たちと一緒に負けないぐらい元気そうに遊んでいた.しかし,やはり面倒くさいのか,パッとはずしてしまい,それを見守っていたおかあさんに怒られていたが.詳しいコーランの中の意味は知らないけれど,あの布大切な習慣なのだと思う.

そして,うっすらと一日の終りを告げるマラッカ海岸をあとにした.西を向いているマラッカ海岸.そして,私は今から,北東にある国,日本へ帰る.磁器の破片が眠っているこの海岸で過ごした一日は,暖かい波の音を放って,私の胸にしまわれたのだった.