植物雑学木



インドネシアのたばこ (2001,8,15)

インドネシアのジャカルタ空港に降り立ったときに,強くそして,甘ったるい匂いが鼻をつく.これは,インドネシア特有の丁子(Myrtaceae Syzigium aromaticum)を含んだたばこである.この匂いをかぐと,インドネシアに来たんだなあ,と強く感じる.
日本では,たばこを毛嫌している私も,この丁子たばこは,全く匂いが気にならない.むしろ,丁子の甘い香りに誘われて,一度だけ試してみることにした.口に煙を吸い込む.そして,ゆっくりと吹き出す.するとあまーい感触が口の中に残った.何とも不思議な感覚で,たばことはとても思えない.
”美味しいだろう?でも,体にはよくないよな.”と,インドネシアの兄ちゃんがいう.
調べてみると,丁子たばこはタール含有量35mg/本,ニコチン含有量1.5mg/本と,日本で売られているたばこの約1.5-2倍!!かなり毒性の強いたばこである.あの丁子のいい香りにだまされているだけなのだ.
しかし,丁子たばこの香りがしないジャカルタ空港は有り得ない.そして,たばこをふかしながら屈託なく笑ってくる兄ちゃんたちもインドネシアのまばゆい光景のひとつだ.丁子たばこは,体には悪くても,インドネシアの景色のひとつなのである.



赤岩のツタウルシ (2001,5,27)

小樽の赤岩というところは,日本海側に面した岩場である.晴れた日は海の色がとても美しく,ロッククライミングを楽しむ人が多い.しかし,ここ赤岩には何故かツタウルシ(Anacardiaceae Rhus ambigua Lavallee)がとても多く,ロッククライマーは岩とそして漆かぶれと戦わなければいけないのであった.
ツタウルシは,光条件のいい場所を好む植物である.又,つるという特性が足場の悪い岩場への生息を可能にしている.春先の新芽は暗赤色であり,このころの毒性が一番高い.
新芽からでてくる葉はやわらかく,人間は「新緑はいい」と想いを馳せながらその様子を愛でるが,昆虫や動物,あと山菜愛好者にとって新芽はごちそうなのである.食害に一番合う可能性のある時期が春先なのだ.このため,植物は新芽にできるだけ有毒物質を投入し,食害を避ける.春先の葉は夏場の葉に較べて70%程毒性物質濃度が高いといわれている.赤岩の春先のツタウルシもこうして食害を避けているのだ.
しかし,人はウルシを逆に利用している.樹液から漆汁をとりだし,漆工芸を作り出した.漆工芸は,もちろん虫害に強い.



木の形が違うということ (2001,5,27)

8階の窓から見える木々もすっかり緑に覆われるようになった.ホッソリとしたポプラ(Salicaceae Populus nigra var. italica Muenchh.),豊潤な葉々を抱く春楡(Ulmaceae Ulmus davidiana var. japonica Nakai)や白樺(Betulaceae Betula platyphylla car. japonica Hara).横枝を張出し針葉を重々しく保つ黒松(Pinaceae Pinus thunbergii Parlat).木の形も様々である.そしてこれらの木は葉層の重さ,風雨,鳥や昆虫の重さなどに対し,バランスをとってそびえ立っているのである.
どんな木も最初は小さな高さ2,3cmの実生である.それが見上げるような高木に成長するのであるが,この間に変化しない樹形の基本構造がある.それは,「葉がどのように茎につくか」というパターンだ.対生,互生という2つのグループに大別されることが多い.対生の代表はカエデ類である.互生の種は非常に多く,ポプラ,春楡,白樺はその仲間である.対生も互生も枝を手折って見てみると平面ではなく,立体的に葉がつくように構成されている.こうすることで左右前後にバランスの取れた樹形が作り出されるのだ.
大きくなるにつれて,下の枝は折れるだろう.又日光の良く当たる場所の枝は伸がいいだろう.鳥が巣を作った部分の枝はもろくなり垂れ下がり気味かも知れない.しかし全部を引っくるめてバランスを保つよう木は成長する.
細胞レベルまで落として考えてみよう.細胞はただ分裂しているのではなく,次の芽は今の芽より90度回転したところに作る,ということを知っている.しかも枝を手折っても又枝が伸てきて,そこの作られる枝は対生互生を間違えることはない.一体細胞はこのルールをどこに記憶しているのか.伸長方向の軸と角度を支配するものは何か,ホルモンか,遺伝子か,どのように機能しているのか,軸にしたがって流れているのか,濃度変化を持ちながら分布しているのか.
木の形,木の形は謎だらけなのである.そして,美しいのである.



世界一高い木 (2001,4,27)

色んな記録がある.しかし現在世界一高い木として知られているのはアメリカのカリフォルニア州にあるスギ科セコイア属の (Taxodiaceae Metasequoia sp.) セコイアメスギである.その高さは130mと言われ,30階建ての高層ビルに匹敵する.さて,この高い木であるが,木は30階建てのビルの屋上までどうやって水を運んでいるのだろうか?
植物体内には導管と言って水を運ぶための管がある.これは非常に細く直径が100─500マイクロm程である.このように細い孔には毛細管現象というのが起こり,水は上昇する.しかし,毛細管現象の力はそんなに大きくなく,これで130mまで上昇するわけではない.
ここで登場するのが,蒸散により生じる力である.蒸散とは植物体内の水分が水蒸気の形で植物体の外へでていくこと.出口は葉の裏の気孔という孔である.植物の根から取り込まれた水は,導管の中を上昇し,葉の中に入り,水蒸気として外へでていく.この蒸散量は驚くほど多い.夏場の成長中のとうもろこしは一日に200Lもの水を蒸散させると言われている.そして,根─導管─葉の気孔までの水はずっとつながって一本の管のようになっており,葉から水蒸気が奪われると,その分根から新たな水分が入ってくるのだ.この力を蒸散力という.ストローのようなものが植物体内にあると思えばいい.
ストローを吸うと,コップの中の水が上がってくるのはなぜだろうか?それは,吸い取られた瞬間ストローの上部の圧力が下がり,下部の圧力の高い部分の水が圧力の低いところへ向うからである.ストローを吸うのは一瞬だが,そこには微妙な圧力の差が生まれている.植物体内の圧力も同じだ.水分が失われると,その細胞の圧力が下がるため,回りの細胞から水が供給される.又,水には色んなイオンがとけている.高濃度の水には,低濃度の水から水が供給される.つまり,圧力が低く高濃度の水には回りから水が供給される.
このように,水にも低圧力のもの,高濃度のものと色々あり,状態によって水が供給される程度が違う.濃度,圧力,その他色んな要因を含めた値を水ポテンシャルという.水ポテンシャルが低いところに,水は供給される.つまり,植物(背の高い木でも草でも何でもだ!)は,植物体の上部の水ポテンシャルを下げて,水を上昇させているのである.しかし,高さが高くなるほど重力による水を下に引っ張ろうとする力が増えてくる.しかしその力に負けないために,植物体上部の水を高濃度にしたり低圧にしたりして,水ポテンシャルを下げようと植物は頑張るのだが,それにも限界があるのだ.
その限界を計算するための式がある.そこから,弾き出される木の高さの限界.それが,130─140m.世界一高い木の高さと匹敵する.


花の美しさ (2001,1,28)

熱帯の花を見ていると,疑問に駆られることがある.本当にこれらはきれいなのだろうか? 奇妙きわまりない形のラン,それに加えて不気味な斑点模様,毒々しいほどの赤色,巨大なサイズ.何なのだ,一体! 絶対日本の桜の方が清楚でやわらかくて美しい,と確信したところで,ふと気付いた.どうも,花を美しいと思う感覚は住むところによって違いそうだ.私は日本人であるが,日本人である私の花好みには規則性があるだろうか? インドネシアの人はラフレシアをきれいと思っているのだろうか?
手に取ったのは,花図鑑.一枚ずつページをめくっていき,素直にきれいだと思える花をピックアップしてみることにした.最終選考に残った花は以下の4つである. ラン科 純白のセッコク
ユキノシタ科 渓流沿いに咲くユキノシタ
キンポウゲ科 早春に咲く福寿草
ユリ科 鉄砲百合
福寿草以外はみんな白い花である.それも純白系.花の中に色んな色が混ざっている花(例えば,雄しべ,雌しべ,花びらの色が違う)は,あまり選ばれていない.福寿草は派手な黄色をしているが,きれいだと思った.福寿草は花びらから雄しべまでおしなべて黄色で統一されている.しかし色の統一だけが全てではない.赤,紫系の花は一つも入らなかった.うすい,そして淡い色がいいのかも知れない.形は,シンプルなのがいい.花びらに模様があるのは,苦手である.こうして考えていくと私のきれいと思う花には以下の傾向があるような気がした. 色は薄くて淡い色.
形はシンプル.
模様はなし.
なるほど,これは日本の花桜にも当てはまる.と,思い至ったのであるが,もう一度ユキノシタの写真を見ると,花びらに斑点模様が存在しているのである.それに形も複雑かも知れない.渓流沿いに咲くという性質が清楚な感じを漂わせているのだろうか? そう考えると花の咲く場所というのも美しさの重要な要因である!!
エーデルワイス.歌にも歌われる愛らしい高山植物が,礼文薄雪草と近縁であると聞いたときは驚いた.正直言って礼文薄雪草にそこまでの美しさを感じなかったからである.しかし,夏の時期に足を踏み入れて見るエーデルワイスは,そこまで美しくなくても,半年もの雪に覆われ,ようやく春の訪れとともに咲くそれには,歌にしたくなるほどの美しさが宿るのではないか.こう考えると水際,高山というのは心引く要因だろうか? しかしながら花の咲く場所と形と美しさの関係を語るには,まだまだ時間がかかりそうだ.



サフランは,なるほど高価だった! (2001,1,6)

サフラン,スーパーに並んでいる香辛料の中で,筆頭切って高い値段を誇っているのは何故だろうと思っていた.それもそのはず.あの艶やかな色を出す粉状のものは,作るのに,とてつもなく手間のかかるものだったのである.サフランは,アヤメ科の紫色の花びらを持つ植物で,赤色の雌しべと黄色の雄しべが目にまぶしい.そしてあの料理に使われるサフランは雌しべからしか得ることができない.
そんなわけで,1gを得るのにサフランの花は150,200個も必要になる.なるほど,高いわけだ.
ちなみにサフランを使う代表料理,パエリア(Paella)は,スペインの中でも米作りが盛んなバレンシア地方の生まれ.サフランを入れるようになったのは色付けのためのみならず,滋養強壮のため.



トリカブトを採りに (2000,12,5)


札幌と小樽の間には,銭函という日本海に面した小さな街がある.実は,ここには,アイヌの人たちが"とあるもの"の採集のために訪れていた土地なのである.銭函の"とあるもの"は,非常にいい,といわれていてわざわざ苫前から採集に来た記録もあるという.そのとあるものとは何か?何を隠そう,トリカブト(Ranunculaceae Aconitum sp.)なのである.
トリカブトはヒグマを捕らえるときの矢じりに塗る毒としてアイヌの人々の間では非常に重要であった.そして,銭函のトリカブトが良く効くと言い伝えられていたのである.
ここ近年になって,全道各地のトリカブトの毒成分の濃度を調べた結果分かったこと.それは銭函周辺でとれたものが,一番濃度が高いということであった.このように,古来からの言い伝えと科学的実証が一致するのは非常におもしろい.



コロンブスと胡椒 (2000,12,4)

15世紀において,海洋帝国スペインとポルトガルは,インドの胡椒と東南アジアのスパイスの輸入商業権を争うためにしのぎを削った.しかし,先に商業権の掌握に成功したのは,ポルトガルである.ジブラルタル海峡から,ギニア,希望峰,紅海,ペルシャ湾,インド,マラッカを事実上支配下においたポルトガル帝国に対して,スペインの対抗手段はただひとつ,東回りではなく西回り(大西洋横断)航路を発見することであった.この目的に人生と生涯の名誉をかけて挑んだ人が,かのコロンブスである.
彼がもっとも影響を受けた人物はイタリアの天文学者,トスカネリである.トスカネリがといた,「西回りより,東回りのほうがインドへ到達するための最短距離である.」「そしてその途中には,黄金の国ジパングがある」という言葉は,コロンブスを虜にし,そして彼をトスカネリの地図とともに航海へ旅立たせることになった.
しかし,トスカネリの地図は実際とは,大きく異なっていたのである.スペインからジパングまでの距離は実際の半分よりも短く描かれていたのである.コロンブスはトスカネリの地図上ではジパングに近い位置に「現在の西インド諸島」を発見した.そして彼は,称賛とともにスペインに帰る.しかし,目的の胡椒がこの島々では見つからないのである.彼への称賛は非難に変わり,その後の航海を持ってしても,ついに「胡椒を産するインド」へは,たどり着くことができなかった.そして,非難を背に受けつつ寂しく死んでいったと伝えられている.
一人の勇気あふれる航海士の運命を弄んだ胡椒.(Pipperaceae Piper nigrum L.) 地図上の西インド諸島に手をおくと,はかなくも,アメリカ大陸は発見したが胡椒は発見できなかったコロンブスの運命と,16世紀のヨーロッパの人々の胡椒に対する驚異的な情熱が伝わってくるのである.



じゃがいもの目 (2000,12,1)

じゃがいもを横においておくと色んなところから芽がでてくるが,人参は上のいかにも葉っぱが残っていましたという部分からしか芽は伸てこない.どうしてだろうか?「そりゃあ,じゃがいもには目があるからさ,毒があるから,取らないとね.」という人がおられるだろう.そうその通り.じゃがいもには芽がたくさんあるから色んなところから芽が伸てくるのである.
植物で,芽がでてくる部分といえばどこだろうか?それは,茎であり,じゃがいもは茎なのである.しかし丸く膨れ上がった特殊な"塊茎"という茎である.逆に人参は膨れ上がった特殊な根であり,"塊根" という.
では,さつま芋も色んなところから芽がでてくるから,塊茎ですか?というと,答えは否.さつま芋は,"塊根"から,芽がでてきているのである.???.では一体芽と根の違いは何なのですか?ということになる.
植物形態学的には,師管が導管より外側に位置していれば茎.導管が師管より外側に位置していれば根ということになる."しかし,塊茎や塊 根のように肥大化した組織については,師管と導管の区別は大変難しい"というのが,形態学の本のお決まりの言葉なのである.



アスピリン

アスピリン,有名な薬用成分の一つである.人々はこの化学構造が分かる何百年も前から,アスピリンが多く含まれるやなぎの木には,痛み止や,流産防止,解熱効果があることを知っていた.しかるに,楊枝を"やなぎの枝"と書くのは,昔の人が,歯痛止めにこの枝を用いたからだそうである.
古来から使われてきた植物の成分から,薬用成分が抽出され化学構造がバシッと決まる過程は非常におもしろいが,いまだに化学成分は分からないが,とにかく効く!という薬用植物は多い.漢方学はまさにその典型である.
しかし,統計学的にはこれらの効用は立派に証明できるのである.過去500年の間に,やなぎを用いて病気を治癒しようとした100万人のうち,症状が良くなった人が70万人いたとする.やなぎが効用を持つことは,P<0. 0000001で,確実である.人体実験なら一発文句なしで通る結果ではないだろうか?



twinする竹

「竹のように,真っ直ぐないい子に育ちなさい.」と,日本人の親は子に言い聞かせて育つ.そう,竹のあのすっくと天に向かって伸びゆく姿は素直で真っ直ぐなものの象徴なのだ.何を隠そう私も,竹は真っ直ぐなものだと信じきっていた.インドネシアに行くまでは!!
2000年,8月,ところはインドネシア,ジャワ島西のハリムン山.標高1000mの雲霧林の中で私が目にしたものは,ホストの木にぐるぐるに巻き付いて林冠を目指すつる状の竹だった.それが一本だけではなく,前も,後ろも右も左もありとあらゆる木に,その竹はぐるぐると元気良く絡み付いているのだった.「竹のように,育ちなさい.」は,熱帯では,ぐるぐると他人に巻き付いて,まんまといいポスト(森林の中では,さしずめ光条件のいい林冠である.)を目指しなさい,という意味になってしまうのだ!!
種名は,Dinochloa sp. 日本の竹とは異なる属である.竹が真っ直ぐという概念は日本だけのものだったのかという想いとともに,私の24年間の竹に対する概念はもろくも崩れさったのであった.