因幡白兎神社探訪

 

日本には因幡の白兎という物語がある。
昔々、森羅万象が息づき人と動物の言葉が互いに通じあった時代、淤岐島に住む一匹の兎は海を越えた先に見える大きな島に渡ることを夢見ていた。ある日兎は思いついた。鰐を騙して一列に並んでもらいその背を歩いていけばたどり着くに違いない。
兎に声をかけられて一列に並んだ鰐たち。
調子よくその上を進んでいく兎。
しかし、到達寸前に兎の魂胆に気付いた鰐たちは、怒って兎の毛をはぎ取り海に突き落としてしまった。ほうほうの態で大きい島の海岸にたどり着いたのは毛のない素っ裸の兎。その痛みに泣いていると、出雲の国の八上姫に求婚しに向かう途中の八十神たちがそこを通りかかった。海水でよく体を洗い山の上で風に当たりなさいといわれその通りにすると、痛みはさらにひどくなった。そこへ来たのが兄神たちの荷物を全て背負った大国主。川の水で海水を洗い流し蒲の穂をひいた上で転がりなさいといわれその通りにすると、兎の体はすっかり元通りになった。兎は大国主に深くお礼し「八上姫はあなたを夫として選ぶでしょう。」と予言した。その後兎は伝令となって八上姫にこのできごとを報告、彼女は心優しい大国主と結婚した。その後、白兎は大和の国を築いた大国主と共に祀られるようになった。


祀られているのは、兎だけではない。


白鼠は大黒天のお使いであり、
白虎は西を守る四神の一であり、
白象に乗った普賢菩薩は釈迦如来を守り、
白牛は素戔嗚尊を乗せ、かつ人々を善光寺へと導き、
白蛇は弁財天のお使いであり、かつ岩国にて祀られ、
白鹿に乗った建雷命が春日大社に降臨し、
白猫に商売繁盛を祈願した招き猫は、文政年間に浅草観音境内で売り出され、
白狐は古来より稲荷の神の神使であり、
白澤は万物を解す聖獣であり、賢人国を治めし時に現れ、
白鳥は日本武尊の生まれ変わりであると言われ、
白鶴は亀とともに長寿の象徴であり、
白鴉の絵を門戸に張れば悪疫を払うと加州白山では信じられ、
白鳩は武勇を授ける八幡神のお使いで、勝利の吉兆であり、
白龍は天上界にて毘沙門天に使える聖獣であり、
白酒は雛祭りにて女子の健やかな成長を祈願して祝飲される。


やっぱり白は、純粋な神聖視される特別な色。
自分も真っさらな心を持って、2010年晩秋色漂う霜月に 鳥取は白兎神社を訪ねる旅に出たのである。


浜松町バスターミナル21:10発、3列シートで快適に眠り、翌朝6:30鳥取駅到着。移動距離、約700キロメートル。早朝の駅のプラットホームで白い息を吐きながら朝日を眺め、7:10の山陰本線で末恒駅に向かう。
この静かな無人駅で降りて北に向かって少し歩くと、冷たく青い色をした海が目の前に広がった。この海岸は北海道で良く咲くハマナスが自生する南限だという。
稚内、増毛、小樽、瀬棚、江差、函館、青森、酒田、村上、新潟、富山、舞鶴、そして鳥取と頭の中で日本海を南下する。しばらく行くと砂浜に降りることができ、そこで色んな貝殻を集めた。




10分程でこんなに貝が見つかった。




この寒空の中、ウェットスーツを着たサーファーが波を待っている。聞くところによると、白兎海岸は冬になると日本海からの風で高波が期待できサーファーのメッカになる。



寒くないのかな、、。


彼らの後方に見える大きな岩が兎がいたと言われる淤岐島で、国道9号線をはさんでその真向かいが白兎神社だった。

境内へ登る階段の両側で兎が出迎えてくれる。途中右手には、兎が海水を洗い流したという御身洗池があり、拝殿には立派には注連縄が掲げられていた。白兎神社は、大国主と八神姫の縁を取り持ったのが白兎であったことから縁結びの神様、かつ医療の神様でもある。丁寧にお参りして、美しく黄葉していた境内の公孫樹の周りを一周した後、神社の裏手にある身干山に登った。



縁結びうさぎ




参拝




再び白兎海岸に戻って、私はしばらく海を眺めた。

小さい時に因幡の白兎の神話を読んだ頃からの疑問なのだが、何故兎は祀られるようになったのだろう。だますことが悪ならば兎はその罰を受けて叱るべき存在だった。

反省と改心


兎は海岸で鳴いていた。とても深く反省しながら。その心天に通じ、兎はオオクニヌシの知恵を授かって皮膚の傷を癒し、改心してい出雲国の八神姫の伝令となった。


白兎海岸 = 反省海岸。



改心して祀られるようになった神として、鬼子母神がある。
毘沙門天の部下である武将般闍迦(パンチーカ)の妻であり千人の子どもを持っていた彼女は、常に他人の子どもをさらって自分の子どもに食わせていた。ある日釈迦に最愛の末娘愛奴児(ピンガーラ)を隠されてしまった彼女は、子どもを失う悲しみを悟り反省し、仏に帰依して安産と子どもの守護神になったと言われる。
反省、改心したという意味においては、大盗賊の頭だったがブッダに帰依し後、高弟となったアングリマーラ然り。宮本村の乱暴者だったが諸国を剣術修行して廻り後、五輪書を著した宮本武蔵然り。


完璧で失敗を犯さない人などいない。
むしろ、自身を省みて改心できるか否かが重要である。
しかしまた、その改心した想いを永続できる人間もまた少ない。


路線バスが来たのでそれに乗り込み、私は鳥取砂丘に向かった。
鳥取砂丘は、千代川によって河口に運ばれた砂が日本海からの風によって積年の間にうず高く堆積した地形である。その成因は砂漠とは全く異なり、文字通り砂の丘である。
バスは砂丘への入り口である砂丘会館に止まった。ここから馬の背、海岸に向かう探索路を大勢の観光客と一緒に歩き始める。
快晴紺碧の空は水平線で日本海と境界をなし、遠くの海を船が静かに横切っていく。私は靴を脱いで砂の上で裸足になった。



空は青、砂は裸足に冷たく。




風紋  




思索  


この砂丘探索は予想以上に体力を消耗した。一歩一歩砂に足が取られるのと、照り返しのせいだろうか、のどが渇いて息が切れる。



陽の下で 遠きに揺れる 砂の丘


これは苦行だろうか? 何か30数年の人生をふり返って反省すべきことがあるのではないか。私は丘の1つを登りきって辺りを見渡した。遥か遠方に砂丘会館が見える。



あ、砂丘会館、、。


鳥取砂丘は、東西16キロに過ぎないが、モンゴルのタクラマカン砂漠は東西1500キロ、サハラにいたっては東西5600キロだという。そのような場所がどうして地球上に存在しうるのだろう。
私はそう思いながら、小一時間かかってまた無事に砂丘会館に戻った。

その中にはみやげ物やたくさんあり、大勢の観光客で賑わっている。私はそこのスタッフに尋ねてみた。
「鳥取砂丘はいつ頃観光客が多いんですか?」
「そうですね、やっぱり大型連休が特に多いですけど、夏は海水浴、9月は梨狩り、11月からはズワイガニと通年お客様がいらっしゃいます。」
秀吉に兵糧攻めで滅ぼされた池田家三十二万石の城下町も今は心温まる観光地。

鳥取駅に戻る市内観光バス、ループ麒麟獅子号の中では、鳥取出身の童謡作曲家、岡野貞一の名曲ふるさとが流れる。
「ウサギ追いし、かの山。小鮒釣りしかの川。」
古事記の中で因幡の白兎が「素兎」と表記されているのは、ワニに毛をはがされた兎が素裸だったことによる。素はシロとも読み、白という色には宗教的浄化、純粋さという意味あいがあることから、素兎は白兎に時代と共に転訛した。

ちなみにノウサギ(Lepus brachyurus)が冬に毛を白変させる場所の南限は、富士山麓と言われている。



帰東して私は、雑司ヶ谷法明寺、入谷真源寺、中山法華経寺、そして池上本門寺の鬼子母神を訪ねた。法明寺には1561年に柳下若挟守の家臣、山村丹右衛門が掘り出した鬼子母神像、真源寺には光長寺の日法上人が彫った像、中山法華経寺には日蓮聖人自らが刻み開眼された像、本門寺には先代の住職が求めた像が御神体として祀られている。

鬼子母神像の象徴である石榴は、帰依したときに釈迦から承ったものだという。真源寺の境内の石榴はちょうど実をつけ、お堂の硝子には石榴が描かれていた。



真源寺の石榴




真源寺の石榴、実る。




法明寺の門柱にも石榴


法明寺の境内には樹齢700年と言われる公孫樹の木があった。 石榴、公孫樹、それぞれ千とも万とも言われる実を付ける。 それらの大樹の側で鬼子母神は静かにたたずむ。


鬼子母神の鬼の字に一画目がないのは、鬼神であった彼女が角を落としたためと言われる。
改心して角を落とした鬼子母神。今の自分にも何かそぎ落とさなければいけないものがあるだろうか、と省みる。




雑司が谷鬼子母神の門




池上鬼子母神の額




池上鬼子母神の門札




中山鬼子母神堂


年の瀬も押し迫った12月15日、鳥取の地に初雪が降った。白兎海岸にも鳥取砂丘にも白いものが降り積もった。
雪、それは積もり積もって全てのものを白くする。2011年新春。白いノートにペンを持ち今年は何に出会うのだろうか。


人くだりの文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今年もよろしくお願いします!


白兎ギャラリー



2011年のマイ箸。




神田にある手芸工房ちょん子のマスターが彫ったウサギ。  




私が作った切り絵。 




art-books神保町のお店にあるウサギ。  




スイカペンギンのお供え餅。 




うさぎのマグネット。 




仙台銘菓、ずんだ豆うさぎ。 




浅草橋貴和製作所のカフェのカプチーノ 




白兎のストラップ




根津丁字屋のうさぎてぬぐい


2011年1月1日

参考文献
本邦に於ける動物崇拝 山中笑
富士山麓の白いノウサギ 宇田川竜男
ブッダ 手塚治虫 (この作品の中では改心してブッダに帰依したのはアナンダとなっているが、史実ではアングリマーラである。)