ネズミ考




私は、ネズミという動物がどうもよくわからない。


十二支の順番を決める古代中国の競争で、牛の尻尾につかまりゴール直前に飛び跳ねて、巧妙に一位を取る動物かと思えば、下水道の中をバイ菌を運んで駆けまわり、木造家屋の柱をかじって家を傾かせる害獣でもあり、その一方でネズミのキャラクターが世界中で大人気を博していたりする。一体ネズミとは、どういう動物なのだろう。


ネズミとは、系統分類学的にはなかなかはっきりと定義できない。ネズミ上科(Muroidae)には、ハツカネズミ(Mus musculus)、スナネズミ(Meriones unguiculatus)、クマネズミ(Rattus rattus)、ドブネズミ(Rattus norvegicus)といったいわゆるネズミっぽい種が多く含まれるが、砂漠に住み1mもジャンプできるトビネズミ(Jaculus Jaculus)もこの系統分類群に含まれる。その一方でモルモット(Cavia porcellus)は、テンジクネズミ上科(Caviidae)に属するが、トビネズミよりも遙かにネズミらしい。


そもそもネズミとは、‘寝盗み’が語源で人間が寝ている時に食べ物を盗むからだという。この意味では、人家に住むハツカネズミが‘寝盗み’の代表であるが、彼らのように敏捷に動き回り食べ物を齧る他のげっ歯類もネズミと呼ばれるようになったらしい。


ちなみに英語では、ハツカネズミのように小さい家ネズミをMouse、ドブネズミのような大型の野ネズミをRatと呼び分ける。日本人には分からない感覚であるが、mouseとratはサイズの違い以上に大きく異なる。しいて言えば、mouseは小型で可愛く時にはペットとして扱われることがあるのに対し、ratは大型で邪悪で害を及ぼすネズミである。Ratは不潔、卑劣の象徴であり、ドブネズミという意味のみならず、裏切り者、脱党者、はたまた密告者という意味まである。Rat-trap(ネズミとり)は、汚い建物というニュアンスがあり、馬鹿馬鹿しい出世争いのことをrat raceという。‘ネズミかわいくて好きなんだ。’と英語で言うつもりで、’I think rats are very cute, I like them’と言ったら眉をひそめられてしまうだろう。


その一方でmouseはそのかわいらしさから、絵本やアニメの世界の人気者である。Tom & Jerryは1940年にTV放映が始まり、ミッキーマウスはそれに先立つこと1928年にアニメデビューしている。特にミッキーマウスは、今やフロリダ、カリフォルニア、パリ、東京、香港のDisneylandを総括する立場にある超多忙鼠である。そんな彼らの好物はチーズ。ところが、エメンタールチーズの穴はネズミが齧るから、、、ではなく醗酵過程で生じたガスが抜けるときにできるという。ネズミは、実のところ、チーズより穀物を好むことが英国マンチェスター大学のグループによって明らかにされている。チーズがネズミの大好物という話は、一体誰によってもたらされたのだろうか?


日本語でもネズミには、良きイメージ、悪きイメージがある。良きイメージの一つであるネズミ小僧(本名:次郎吉)は、悪代官から金品を盗み、貧しい庶民に分け与えるという江戸時代のヒーローであった。背が低く身軽だった次郎吉が、武家屋敷に忍び込むそのあざやかな手口から、ネズミ小僧の愛称が広まったという。しかし、そんな次郎吉がなぜ風呂敷を鼻の下で結ぶというトレードマークを使ったかは疑問である。


一方でネズミに悪いイメージがあるのは、ネズミが家屋や食料に害を及ぼすためである。日本人とネズミの闘いは、歴史的に非常に古く少なくとも弥生時代まで遡る。この時代の人々は、既に高床式の倉庫の柱にネズミ返しという板を取り付け米をネズミの食害から守っていた。江戸時代を通じても、ネズミは家屋をかじってはネズミ穴を開け、着物にもネズミ食いの跡を作り続けた。それに対抗して、江戸時代には‘鼠入らず’という防鼠用の食器棚が庶民の家にはあった。そして、現代においても家庭用防鼠剤は薬局からなくならず、ネズミとの闘いは続いている。


しかし、そんなネズミは、なぜか五穀豊穣大黒様のお使いとして、ちゃっかりおさまっているのである。というのも大黒様の祖神オオクニヌシがスサノオの策略により野原で焼き殺されそうになったとき、ネズミが逃げ道を教えたことによるという。


そんなネズミ年2008年は、
ラットレースはうまく避けつつ、
ネズミ小僧のように隣人への助力を惜しまず、
時々洒落たチーズ&ワインを楽しむ余裕もあり、
ミッキー&ミニーのようにスマイリーな年
になるよう願っております。


皆様にとっても良いネズミ年になりますように!