「なあに?」とか「どこ?」とか「だれ?」とかの疑問詞に加えて、なんで?というやっかいな疑問詞を覚えたのはかずちゃんが3歳になった頃だった。4歳になった今は、なんで?の数と複雑さは日を追うごとに増え、ママを困らせている毎日である。
なんで?の質問が飛び出すのは、時と場所を問わない。寝る直前、おトイレの時、ご飯中、ママと自転車乗っている時、ブランコの時、でんぐり返しの後、、とよくもまあそんなにと思うほど、かずちゃんの好奇心は起きている間フル稼働しているのである。
<生体・生物系>
なんでかゆいと赤くなるの?
なんで薬を塗るとかゆいのが止まるの?
なんで大人は手のところが青いの?(静脈のこと)
なんでおならは臭いの?
なんでカエルは、雨がふると元気になるの?
なんでザリガニは何回も皮を脱ぐの?
なんで子供は寝ると転がるの?
<化学系>
なんで氷は冷たいの?
なんで麦茶は茶色くなるの?
<アニメ系>
なんで炭治郎は、禰豆子をぎゅっとしていたの?
なんで善逸は、寝ると本領発揮なの?
なんでプリキュアは、強いの?
<物理・乗り物系>
なんで自転車で下る時はこがなくていいの?
なんでこの新幹線は、高いの?(2階建ての上越新幹線のこと)
なんで警察の人が乗る自転車の前輪の横には透明なものがあるの?
なんであのバイクは、タイヤが3つあるの?
なんでカーブミラーは、丸いのと四角いのがあるの?
なんでパン焼き器は、ぐるぐる回るの?
答えるのが簡単なものもある。アニメ系の質問であれば、
「禰豆子は炭治郎の妹だから、炭治郎は守ってあげなきゃいけないでしょ。」
「善逸は、寝ると本領発揮する、そういう性質の人なんだよ。」
「プリキュアは、悪い人と闘わなきゃいけないから強いんだよ。」
と答えればいい。
他のは、なかなか即答するのは難しい。ネットで調べて答えがわかり、かずちゃんに質問されてから数日は経っているが、
「かずちゃん、この間質問していたことだけど、虫に刺されると赤くなるのは、虫に刺された毒と闘うための免疫物質が血で運ばれてくるからなんだって。」
と、説明することになる。
こういうと、すかさず「メンエキブシツってなあに?」という質問が来るのだが、
「それはね、血の中に含まれているとっても小さいアンパンマンみたいなものだよ。毒のなかにあるばいきんまんと闘ってくれるんだよ。」と説明すればOKである。
生物系の善悪は、アンパンマンとばいきんまんに例えれば納得してもらえる。
「でもね、アンパンマンが多すぎると、どんどん赤いところが増えてかゆくなっちゃうからアンパンマンの数を適度に減らすために薬を塗るんだよね。」と言いながら、アレルギー反応についての説明はこんなものでいいだろうか、、と思うのであった。
ちなみにネットで調べていて、産卵前のメスの蚊だけがたんぱく質を得るために血を吸う事、夏以外の時期は植物の蜜などを吸っていることを初めて知った。大人になっても、世の中は知らないことだらけである。
「なんで大人は手のところが青いの?」
という質問を繰り返すのは、五反田にあるお米屋さんに玄米を買いに行くときである。80才近いお店のおばあちゃんがいつもかずちゃんを可愛がってくれるのだが、その手を見て「なんで青いの?」という質問。静脈が浮き出ているのが気になって仕方ないらしい。失礼だからそんな質問しないでくれ、、と思うのだが、その理由を明確に答えるのは難しい。
生物学的には、血管の硬化と血管壁の肥厚、コラーゲンの低下による皮膚の張りや弾力の低下が原因である。その主たる原因は加齢である。特に女性の場合は、女性ホルモンの減少がその進行を加速させる。なんか憂鬱な事実である。
「人間はね、年を取ると色んな体の機能が低下して、静脈が浮き出てきちゃうんだよ。」
と説明したところ、
かずほ)「かっちゃんは年とってる?」
ママ)「まだ4歳でしょ。全然とってないよ。」
かずほ)「じゃあ、8才とか、13才とかになったら?」
ママ)「それでも全然年とってないよ。」
私は考えて、
「さくらを見て、あの時は誰とさくらを見たなあ、あの年のさくらは印象的だったなあ、としみじみ感じるようになったら、年をとったってことだよ。きっと。」
と説明した。
なんでおならは臭いのか?
おならやうんちが大好きな4歳児にとって、この質問は家族の誰かがおならをすると必ず聞いてくる質問である。
「お肉や卵をたくさん食べると、おならの中に硫化水素やインドールっていう臭い成分が生まれるんだよ。」
家族の中で肉の消費量が一番多いパパは、いつもおならが臭いので、この説明は納得が行くらしい。
人前で出ると恥ずかしいおならであるが、私は一度だけおならを切望したことがある。それは、帝王切開でかずちゃんを産んだ翌日であった。
朝の回診でお医者さんが来て
「手術の後、ガスは出ていますか? おならはありますか?」
と私に尋ねた。手術後は、硬膜外麻酔が切れた後の痛みと発熱に格闘していたので、おならがあったかどうかなんて全く記憶がなかった。出ていないような気がする。。
「開腹した後は、おならが出ると腸がまたちゃんと活動始めたっていう証拠になるんですよ。もうしばらく待ってみましょうか。」
と言われて私は青ざめた。じゃあ、おならが出なかったら、手術失敗ってことか?! 腸閉塞とかそういう事か――? その後私は、かずちゃんに授乳するときも、常にお尻に意識を払い、ようやくおならが出た時には全身の力が抜けていくような安堵感を得たのである。
なんでカエルは、雨がふると元気になるの?
という質問をよくするようになったのは、2020年の夏に奥多摩の山に登りに行った時だった。長い林道を歩いているときに、急に天気が悪くなりどしゃぶりとなった。それと同時に、カエルの鳴き声も雷に負けないぐらい響きだし、どこに隠れていたんだろう、、と不思議になるほど、たくさんのカエルが林道に飛び出してきたのである。絵本に描かれている世界そのものである。
カエルは皮膚呼吸を行う生物であり、乾燥耐性のない生の細胞が皮膚表面に存在する。そのため、雨が降ると皮膚呼吸が盛んになり、カエルは求愛のために元気に鳴くことができる。
というのは納得がいったのであるが、カエルの餌であるハエとかバッタとかトンボといった虫類は、雨が降るとあまり動かなくなるはずだ。そうなると見つけにくくなり、カエルは餌が取り辛くなるのではなかろうか。それとも虫たちが動いていないほうが、カエルにとっては取りやすいのだろうか?
なんでザリガニは何回も皮を脱ぐの?
保育園で飼っており、日々観察しているザリガニ。広尾の有栖川公園で釣ったことのあるザリガニ。子供にとって身近な存在であるザリガニは、なぜ脱皮するのだろうか。
「ザリガニの殻は硬いでしょう。それが成長していったら、殻は大きくならないから、動き辛いでしょう、、。それで脱皮するんだよ。」
と答えた。別にザリガニが「う~ん、動けないよ。」と思っているわけではないが、防御機能を持つ固い殻を持ちつつ成長するために、進化した様式が脱皮なのだろう。
ちなみに有栖川公園の池は、ザリガニの宝庫である。イカ燻製と、菜箸に太めの糸を括り付けた竿を持って2回釣りに行ったが、2回ともちゃんと釣ることができた。ザリガニは鋏でガシッとイカをはさんでくれるので、釣り針がなくても釣れるのである。
この時、なんで大きさの違うザリガニが釣れるんだろうと思ったが、ザリガニの寿命は5~6年であり、色んな年齢のザリガニが混在して生息しているようだ。釣りをした最後には「リリースする!」と言って放してくれるので、ママとしてはホッとしている。
なんで子供は寝ると転がるの?
調べてみると、子供はノンレム睡眠(深い眠り)の割合や回数が高く、その間は大脳の中の姿勢を保つ機能がうまく働かなくなるためとのこと。だから寝相が悪いというのはぐっすり寝ている証拠である。
最近、寝る前にお茶を飲んだりしようものなら、夜中に何度も起きてしまい、夢もやったらめったら見てしまう私としては、ごろごろ動くかずちゃんが羨ましい限りである。
ここまでは、生物系の質問。
この後の化学系、工学系の質問は、答えるのがさらに困難になる。というのは、普段当たり前のように使っている「温度」とか「電気」とか、そういう言葉について「それってなあに?」と聞かれるからだ。両者とも、かずちゃんにわかりやすい形で即答するのは難しい。
なんで氷は冷たいの?
「それは、氷の温度が低いからだよ。」
「温度ってなあに?」
「物が、冷たいか熱いかっていう指標。」
「じゃあ、氷はなんで温度が冷たいの?」
これでは、とんち問答である。どうやって答えたらいいのかな~と思っていたところ、「手に氷を乗せると氷は溶ける。その時の融解熱が手から奪われるために冷たいと感じる。」という説明をインターネットで見つけた。なるほど、、熱の移動という観点から説明すれば、感覚的にも理解しやすい。今度聞かれたら、この答え方だ!
そしてある夜、質問された。
「どうして氷は温かいところにおくと溶けるの?」
「それはね、熱が氷に伝わるからよ。」
「どうやって?」
私は堪えに窮した。熱ってどう伝わるんだろう。そもそも熱って何なんだろう、、。
なんで麦茶は茶色くなるの?
夏場によく作る麦茶。お茶パックをいれた時は透明なのに翌朝には茶色になっている。
「それはね、色素が水に溶けてくるから。」
すかさず
「色素ってなあに?」
である。色素は、水に溶ける色の成分とでもいえばいいだろうか。でも、緑茶は緑色になるし、同じ茶色でもコーヒーの茶色は麦茶の色とはまた違う。ローズヒップティーはきれいな赤色である。
調べてみた。緑茶の主な色素は葉緑素。ローズヒップティーの色素はアントシアニンやカロチン。麦茶の色素は大麦のコゲらしい。
といっても、葉緑素ってなあに、アントシアニンってなあに、カロチンってなあに、コゲってなあに? と言われたら、またまたネットで調べないといけないなあと思う今日この頃であった。
「なんで自転車で下るときはこがないの?」
かずちゃんとママが一緒に自転車に乗っているときに必ずする質問がこれである。
「位置エネルギーがあるからだよ。」
「いちエネルギーってなあに?」
「高いところにいるとそれだけでエネルギーがあるんだよね。」
といっても納得しないようだった。確かにわかるようなわからないような説明である。
ある時、三輪車に乗っているかずちゃんを見ていて、はっと気付いた。
三輪車は、前輪の中心軸とペダルが直結しているので、平らなところでも下り坂でもペダルがぐるぐると回る。
かずちゃんはこういうペダルをイメージしているのではないだろうか。それ故「なんで自転車で下るときは(ペダルを)こがなくていいの?」という質問を繰り返すのではないだろうか。それは、ママチャリは三輪車と違って、ペダルの軸と後輪の軸をつなぐためにチェーンが付けられているからである。
早速その日の夜、私は自転車を持ち出して、かずちゃんに
1)ペダルを回すとチェーンも動いて後輪が回ること
2)手で触ればチェーンは動かずに後輪だけでも回ること
を見せて
「坂を下っているときは、ボールが転がるみたいに後輪だけが回っているの。だからこぐ必要がないの。チェーンっていうのがすごい役割を果たしているんだよ。」
と説明した。この実演はかなり納得してもらえたようで、以後、自転車で下っているときは
「今、チェーン回ってないよね?!」
と聞くようになった。
1860~70年代に作られた自転車(写真)も、前輪の軸とペダルが直結していた。そのため、登り坂をこぐのは極端に重く、下り坂ではペダルは高速回転し、さぞ乗り心地が悪かったに違いない。
そんな自転車にチェーンつきのものが生まれたのが1879年。イギリスのヘンリー・ジョン・ローソンが発明しバイシックレッタと命名。これがバイシクルの語源になったのである。
なんでこの新幹線は、高いの?(2階建ての上越新幹線のこと)
上越新幹線に乗って群馬県の水上に遊びに行く機会があった。勢いよくプラットフォームに入ってきた新幹線を見て「なんでこの新幹線は高いの?」とかずちゃんは質問したのである。普段見慣れている東海道新幹線は、全て1階建てで2階建てはない。
「なんでだろうねえ、ママわからないから車掌さんに聞いてみようか。」
そういった車内に乗り込み、車掌さんが乗車券確認に来た時に聞いてみた。
「上越新幹線が2階建てなのは、乗客数を増やすためです。ダイヤの関係で1時間に1本ぐらいしか出ないので、2階建てにして乗客数を増やしています。でも高さがあるとどうしてもスピードに制限がかかります。対照的に、東海道新幹線は1階建てでボディもすごい流線型にしてスピードを重視していますよね。代わりに走行本数を多くしてたくさんの乗客に対応しています。」
との答え。さすが車掌さん名答である。ちょっとかずちゃんには難しかったのでかみ砕いて説明してあげると納得した様子。さらに車掌さんはかずちゃんに
「新幹線好きなの?」
と尋ね、胸ポケットから新幹線のシールブックをプレゼントしてくれたのである。車掌さん、そんなアイテムを忍ばせているなんて! かずちゃんは大喜びで遊び始めた。新幹線に乗るときは、車掌さんに質問するといいことが起こるようである。
乗り物も、なんでなんでの興味対象だ。
この不思議なバイクも最近よく見かけるようになった。移動中に見かけると、
「ママー、あのタイヤ3つのバイク何?」
とすかさず質問してくる。確かに不思議な形である。2つでも乗れるのになぜ3輪?重そうだが、、。
バイク屋の店員さんが店頭にいた時に、
「お忙しいところすみません、、」
と頭を下げて聞いてみた。すると、ホンダが開発した新型バイクとのこと。2輪に比べて転倒し辛いようになっていて、最近需要が高まっている。高齢者向きなのだろうか?
警察官が乗っている自転車には、前輪に透明なポールがついている。
「なんで?なんで?」
と自転車こいでいる時にうるさい。なんでかな、何を入れるためかしら。交番の前に警官の人たちがいた時に、聞いてみた。
「これはね、警棒や誘導灯を持つためなんですよ。」
と優しく回答してくださる。
「けいぼうって何? ゆうどうとうって何?」
とまた質問なのであるが、
「警棒は悪い人がいた時にたたく棒で、誘導灯は車にあっちだよ、こっちだよって示すためのオレンジの棒だよ。時々工事中の前で、おじさんが持って振っているものだよ。」
で納得。
この警官の人が乗り回している自転車はとてもお気に入りらしい。
ある夜のこと。
「はい、もう絵本も終わり、紙芝居も終わり、お絵かきも終わり。お布団行くよ。」と促されると、横になったとたん、
「ママー、なんでパン焼き機(ベーカリーのこと)はぐるぐる回るの?」
という質問。
「それは、、あのぐるぐる回る羽根の下にモーターが入っているからだよ。」
と言うと、予想通り
「モーターってなあに?」
と来る。大人同士ならこうはならない。身の回りにはモーターが搭載された電化製品があふれているし、モーターについてアバウトにしか知しらなくても、「モーターが、」といえば「ああ、モーターですね。」と以心伝心できるからである。
「モーターっていうのはねえ、コイルが動くようにした装置、、」
といいかけて、この後必ずコイルってなあに、磁石ってなあにとか質問が続くんだろうなと思い、
「ちょっと今日はちゃんと説明できないわ。明日頑張って調べるから待ってて。今日はもう寝て。」
と言って話を打ち切った。
翌日、モーターの定義を調べてみる。
広辞苑:動力発生機の通称。蒸気機関・蒸気タービン・水力原動機・内燃機関など。特に電動機をいう。
Wikipedia:何かに動きをあたえたり、うんどうさせるもの、のこと。発動機。日本語では特に電動機。
マイペディア:広義には原動機の総称であるが、electric motorの略として電動機をさす場合が多い。
広辞苑の説明は意外だった。電気ではなく、蒸気や水のエネルギーで動くタービンとかも、広義のモーターであることを初めて知った。ならば、水車とか、風車とか、はたまたかざぐるまもモーターと呼んでいいのだろうか、、? これはさておき、一般的には、モーターと言えば、電池や電流とつなげて動く装置、つまり電動機のことと考えていいだろう。
モーター:電気エネルギーを、回転運動に変える装置
こう説明しても、かずちゃんは「電気ってなあに?」「カイテンウンドウってなあに?」と聞いてくるだろう。ウンドウは「動くことだよ。ぐるぐる回ったりすることだよ。」と説明すればいい。しかし、電気ってなあに?と問われると困る。
物体間の電子の動きと言えばいいのだろうか? 電子はどう説明すればいいのだろう。原子とか陽子とかは、、? そもそも自分自身が電気が何かを理解しているだろうか? 説明するって難しい、、。
、、と思っていたある日、図書館の児童書コーナーで、学研まんがでよくわかるシリーズ「モーターのひみつ」という本が目に留まった。読んでみた。子供向けの本ではあるが、大変面白かった。
小学生の主人公が、ロボットと一緒にモーターの仕組み、用途、開発の歴史を探り、さらに日本電産の工場見学にも赴くというストーリー。
モーターは、扇風機や洗濯機、ファンを必要とするパソコンや冷蔵庫など、家電製品の大半に使われている。ということは漠然と知っていたが、この本を読んで、
自動車には、100個以上のモーターが使われていること、
交流モーター、直流ブラシ付きモーター、ブラシレスモーター等様々な種類があること、
携帯のバイブレーションやカメラのズームには数ミリの小型モーターが使われていること、
電磁誘導を発見したマイケル・ファラデーは貧しさゆえに高等教育を受けることができず、13才の頃からロンドンの製本屋で働いていたことなどを初めて知った。
さらに、ページ左右の余白の豆ちしき欄には、上野の国立博物館にファラデーディスク(発電機の原理)が展示されていること、日本電産は、年間30億個ものモーターを製造していること等、モーターに関するあれこれが書かれている。
そして、世界の電気使用量の約5割はモーターの駆動に使われており、モーターの省エネ化は環境保護の観点から大きなインパクトがあること、そして、温暖化を防ぐための新しい効率的なモーターの開発は、若い世代に託されているというメッセージが本書の最後に込められている。
さすが学研、、日本PTA全国協議会推薦図書になっているだけはある、、と感動した。
それに、まんが形式なのでなんといっても読みやすい。夜中起きたときなどに、半時間で目を通すことができる。
しかしこの本では、主人公の小学生が興味本位で扇風機を分解してモーターを取り出し「モーターだ。そういえば、理科の実験でくるくる回ってたよな、、」という段階から話がスタートする。つまり主人公には予備知識があるのである。
かずちゃんの場合は、それがない。
実際にモーターを見せることができればなあ、、と悩んでいて、そういえばうちには、モーターで動く車のおもちゃがあったことを思い出した。
ずっと前に友達のママさんから譲ってもらい、組み立ててかずちゃんに見せたが、モーターの回転速度があまりに速くて、怖くて泣き出してしまったのである。それ以来押し入れの奥にずっとしまってあったのであった。
「かずちゃん、この間、ベーカリーが動くのはモーターが入っているからだよって話したでしょ。モーターが何か見せてあげる。こっちおいで。」
と声をかけ、スーパーカーの形をしたおもちゃを取り出す。鉄の棒に金属の線をぐるぐる巻きつけたものがコイルだよ、ほらコイルの両側に磁石が入っているんだよ、という説明をして、単一電池を入れる。そして、電流スイッチを入れると、ブワンと勢いよくコイルが回りだした。
かずちゃんはびくっとしたけれども、今回は泣くこともなく、その様子をじっと観察。
「これがモーター?」
と聞かれ、ママは「電気ってなあに? 電池ってなあに?」という質問はしないでくれよ、、と思いながら
「そうだよ!」
と答える。
百聞は一見に如かずである。かずちゃんが目にしたことのある磁石と電池と針金みたいなもの(エナメル線)を使って、ぐるぐる動く装置ができるということは、かずちゃんなりにわかったようである。
しかし数日たったら、予想通り「電気ってなあに?」と、かずちゃんは質問するようになってしまった。とりあえずこの質問には「目には見えないとっても小さい電子っていうものがあって、それが動くことが電気なの。雷とかも電気なの。詳しくはまた今度ね。」という回答で勘弁してもらっている。
さて、モーターが動く理論である電磁誘導って何だったっけ、と改めて思う。
電磁誘導:磁場と導体が相対的に動いているとき、導体に起電力が生じる現象(広辞苑)
Utubeやネット検索をしてみると学習用コンテンツが数多く出てきた。U字型磁石に挟まれたコイルに電流を流すとコイルが動く様子や、右ねじの法則やフレミングの法則の説明もある。
そういえば学生の頃にならったなあ、ちゃんと理解していたかなあ、と思いながらブラウズしていき、時々例題を解いたりしているうちに、ふと疑問がわいた。
「コイルを巻いた磁石に直流電流を流しただけでは、電磁石は行ったり来たりするだけなのでは、、。どうやったらぐるぐる回転するようになるんだ?」
回転運動しなければモーターにはならない。
「やばいな、、。私はモーターの超基本的なことを理解していなかったんだな、、。」
あせりながらさらにネット検索をしまくり、回転するのは整流子という電流の流れを切り替えるパーツが組み込まれているおかげである、ということを理解した。
整流子の役割
ここまでは、かずちゃんに質問されたとしてもなんとか答えられそうである。
それにしても、身の回りには仕組みや原理を理解していないものがなんと多いことか、、。
そのうち、
電気って明るいの?
電気って動くの?
電気ってあったかいの? どうして? どうやって?
と質問されるようになったらどうしよう、もうお手上げである。
前出の学研の本にも書かれていたが、電磁誘導を発見イギリスの科学者マイケル・ファラデーは、初等教育しか受けず13才からは、リボー氏という人が経営する書店で使いっ走りとして働き始めた。将来職人として身を立てることができる製本工見習いとして雇ってもらうためにはお金を払う必要があったが、ファラデーの両親にはその余裕がなかった。しかし、仕事覚えが早く手先が器用なファラデーに対して、リボー氏は製本技術が学べるようにしてくれ、また製本のためにお店に入ってくる様々な科学に関する本をファラデーが余暇の合間に読むことを認めてくれたのである。
ファラデーが21才の時に、リボー氏のお客からロンドン王立研究所で行われるハンフリー・デービーの科学講演会のチケットをもらった。当時王立研究所では一般大衆向けに最新の科学的知見を話す講演会が人気を博しており、化学者として有名なハンフリー・デービーは、ハンサムなこともあってその花形だった。
ファラデーが聞いた講演は光や電気分解、気体に関するもので、彼は最新の実験器具を交えたその内容に魅了された。そしてその内容を寸分漏らさず書き留め、帰宅して清書し、数百ページにわたる講演記録としてきれいに製本し、「自分は今製本工として働いているが、科学に関する仕事に就くことを切望しています」というメッセージを添えて、ハンフリー・デービーに送った。その手紙は、貧しい家の出身であり薬局見習いとして働いていたハンフリー・デービーの心を打ったのだろう、彼はファラデーを王立研究所へと招き直接会う機会を持った。そしてしばらくして、自分の実験助手が退職したのをきっかけに、ファラデーを新しい助手として雇ったのである。
一介の製本工であったファラデー(1791-1867)が、当時の科学界のトップに立つハンフリー・デービーの助手として採用された経緯は、類まれなる幸運だった。では同時代を生き後世に名を遺した科学者には、どういう境遇の人々がいたのだろうか。必ずしも裕福な生まれではなかった人は多い。
・農場を経営した後、全米の鳥を描くために旅行し、有名な鳥類学者となったジョン・ジェイムス・オーデュボン(1785-1851)
・進学するお金がなかったため修道院へ入り、そこでエンドウの栽培を通して遺伝の法則を発見したグレゴール・メンデル(1822-1884)
・貧しい煉瓦職人の家に生まれ、その神童ぶり故に奨学金を得て進学し、18世紀を代表する数学者となったカール・ガウス(1777-1855)
・鍛冶屋の息子として生まれ、独学で測量・土木を勉強し、後地質学の父となったウィリアム・スミス(1769-1839)
・家計を助けるために幼少期から海辺で化石採集・販売を行った経験があり、後に有名な古生物学者・化石収集家として知られるようになったメアリー・アニング(1799-1847)
・8才から炭坑で働き始め、18歳で初めて読み書き算数を学ぶ学校に行き、有能な機関士となり、後蒸気機関車を発明しイギリス鉄道の父と呼ばれたジョージ・スティーブンソン(1781-1848)
これらの人々が比類なき才能そして努力の持ち主であったことは疑いない。しかし、実験や分析・解析手法が高度に複雑化・細分化した現代と違って、例えば見習いとして入った仕事場や、修道院の裏庭や、海辺の岩稜帯といった場所に、科学的発見の萌芽を手にし得る古き良き時代だったのかもしれない。
助手として雇われて以降、ファラデーの住まいは日のよく当たる王立研究所の屋根裏となった。そして結婚した後も含め、引退するまでの約35年間、ここに居を定めることとなる。
ファラデーは化学者デービーの研究を手伝いつつ、塩素の液化法、反磁性等を発見した。また1831年には電磁誘導を発見し、その後は様々な物質を電気分解し、ファラデーの法則を見出した。
そして晩年には、場の理論の構築に挑んだ。しかし数学が不得手だったファラデーはその作業に大いに苦労した。その時、ファラデーと交流し始めたのが若き天才理論物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1831-1879)である。60代のファラデーと30代前半だったマクスウェルは手紙で何度もやり取りをし、後マクスウェルによって電磁気学が確立した。
マクスウェルがケンブリッジ大学の物理学教授だった時に教えた学生の1人が、ジョン・フレミング(1849-1945)であった。フレミングは、真空管の発見者として知られ、ノッティンガム大学やユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで教鞭をとった。その時、学生にとって電磁誘導を分かりやすくするために考案したのが、右手・左手の法則である。
恩師であったマクスウェルの授業はすこぶる難解で、聴講生はフレミング1人だけということが度々あったという。ちなみにアイザック・ニュートン(1643-1727)の授業も、学生にはすこぶる難しく講堂は空席だらけだったというエピソードが残る。
いつの時代にも学生にとって難解すぎる(平たく言えば、訳わからない)教授はいたのである。個人的には、そういう教授が担当教官だったら大変だろうなあ、、と思うが、ニュートンやマクスウェルは幸か不幸か学生に割く時間が少なく、思索に没頭することができたのかもしれない。
また、右手・左手の法則を考えたジョン・フレミングは幼少期からカメラに興味を持っており、カメラを自作して、アルプス登山や山岳写真撮影を生涯の趣味とした。1851年には湿板写真、1871年には乾板写真が発明され、カメラは小型化し、僻地へと持ち運ぶことが可能となった。フレミングは、カメラが革新的発展を遂げる時代に生きていたのである。
右手・左手の法則にはなかなか親しみが持てないが、フレミングその人には、例えばアルプス山中で出会っていたりすれば相当親しみが持てたかもしれない。
ファラデーと言えば電磁誘導を始めとした多岐にわたる業績以外に、ロウソクの科学が有名である。これは、1825年にファラデーによって王立科学研究所で始められた子供向けの科学講演会(通称、クリスマスレクチャー)の内容の1つであり、世界各国の言語に翻訳され、日本では学校の推薦図書にもなっている。名前は知っているが、未読である、、。
「学校の推薦図書なら、さらっと読めるかな」
と思い読んでみることにしたが、大間違いであった。
というのもロウソクの科学のクリスマスレクチャーは、ファラデーが講演した内容をウィリアム・クルックス(1832-1919、イギリスの化学者・物理学者)が逐語録として後年出版したものである。つまり、眼前で繰り広げられる様々な実験を見ながら「話された」内容を、文字として読んで理解していくには相当な困難が伴う。本の中には、重要な実験のシンプルな絵図はあるのだが、それだけから実際の実験の様子を想像するには限界がある。
それでも、名著だから、、と自分を励まして、読み進めていくが、
「カリウムが燃える? カリウムの単体ってどんなだっけ?」
「鉄粉がよく燃える? 鉄ってそんなに簡単に燃えたっけ?」
「黒い粒々が見えてきたって、一体どういうこと?」
と疑問噴出である。行き詰ってしまったが、ロウソクの科学には様々な解説本が出ていた。
→カリウムは19世紀初めにハンフリー・デービーが、水酸化カリウムを電気分解して発見した元素で、自然界で単体としては存在しない。水と反応して烈しく燃えるため、水の検出に用いられた。
→鉄は粉状にすると火花を散らしてよく燃える。塊が燃えないのは、表面に酸化鉄という皮膜をつくり酸素と反応しなくなるため
→不完全燃焼の時に出る煤(炭素粒)のことをファラデーは黒い粒々と表現している
この後も色々疑問が出てきたのであるが、解説本の助けを借りて、なんとか完読することができた、、。
ロウソクの科学では、1本のロウソクの燃焼現象から、様々な実験を交えて、
・液体となったロウが毛細管現象で芯を登り、気体となって燃えること
・燃焼すると水蒸気が発生すること、水蒸気は冷やすと水になること
・水を電気分解(※)すると水素と酸素が得られること
・酸素の中では物質は激しく燃焼すること
・もう1つの発生物である二酸化炭素という気体の中ではロウソクは燃えないこと
・酸素が不十分だと不完全燃焼となり煤(黒い粒々)が発生すること
・二酸化炭素は酸素や水素に比べてはるかに重いこと
・鉄やカリウムは粉状にすると燃えるが、固まりでは燃えないこと
等を示して行く。
※(ファラデーは、1800年に世界初の電池を発明したアレッサンドロ・ボルタ(1745-1827)から寄贈された電池を用いて電気分解を行った)
そして最終レクチャーでは、酸素を利用して二酸化炭素が発生するロウソクの燃焼という現象は、人の呼吸と同じであること、逆に二酸化炭素を吸収して固定する役割が植物にあることへと話が展開していく。
そして最後にファラデーは、未来の大人たちに
「皆さんの時代が来た時に、一本のロウソクに例えられるのにふさわしい人となってください。全てのあなたの行いを、あなたとともに生きる人々への義務を果たすもの、高潔で役に立つものとし、小さなロウソクであるご自身の美しさを証明していただけたらと思います。ロウソクのように光り輝き、周りを照らしてくださることを願っています。」
と語り掛けて講演を締めくくっている。
そういえば、、と記憶を手繰る。小・中学生の時に、理科の先生がやってくれて心ときめいた、
缶に閉じ込めた水蒸気を凝結させると缶がボコボコに潰れる実験や、ランプを燃やして発生した二酸化炭素を石灰水に混ぜると白濁する実験などは、全てロウソクの科学のレクチャーに端を発していたのだと思う。
ファラデーの時代、電気照明はまだなかった。ゆえに夜の暗がりを照らすものとして、ロウソクは人々が日々手にするものであった。そんな身近なロウソクにこんな多彩な科学的側面がある。王立研究所の講演場に集った聴衆は、ファラデーの実験の数々に心から魅せられたに違いない。
ロウソクの科学の現代バージョンとして、「ケータイの科学」というのはどうだろうか。
昨今、ケータイは生活必須アイテムで触らずに過ごす日はなかなかない。
・ケータイでなんで通話ができるのか
・ケータイでなんで写真が撮れるのか
・ケータイの画面はなんで指で動かせるのか
・ケータイでなんで改札が通過できるのか
・ケータイでなんで買い物できるのか
・ケータイはなんでバイブレーションするのか
といった疑問を、1つ1つ解説してくれる講演があったらさぞ興味深いと思う。
さて、上に記した質問のどれ1つとして、かずちゃんに質問されたら、まともに答えられないな、、と思う。
ちなみに今までに聞かれた超難問の1つが「なんで磁石はくっつくの?」である。いまだにどう答えればいいのか思いつかない。誰かいい回答をご存知でしたら教えてください。
かずちゃんのなんでなんでに底辺から真摯に答えるのは至難の業であるが、それらの疑問に、ロウソクのように少しでも光をさしてあげられるように頑張りたい。
2021年吉日
ファラデーの生涯 電磁誘導の発見者 スーチン著 小出昭一郎/田村保子訳 東京都書
ファラデーのモーターの科学 小林卓二 さ・え・ら書房
マイケル・ファラデーの生涯 電気事始め J・ハミルトン著 佐藤正一訳 教文館
ファラデーと電磁気 ボウアーズ著 田村保子訳 東京図書
マイケル・ファラデー 科学をすべての人に オーウェン・ギンガリッチ編集代表 コリン・A・ラッセル著 須田康子訳 大月書店
マイケル・ファラデー 天才科学者の軌跡 東京化学同人 J.M.トーマス著 千原英昭・黒田玲子訳
ニュートン・ファラデー・アインシュタイン 偉大な科学者の生涯から物理学を学ぶ塩山忠義 ナカニシヤ出版
ファラデーのモーターの科学 小林卓司 さ・え・ら書房
「ロウソクの科学」が教えてくれること 炎の輝きから科学の真髄に迫る、名講演と実験を図説で マイケル・ファラデー著 白川英樹監修 尾嶋好美訳 サイエンス・アイ新書
面白いほど科学的な物の見方が身につく 図解 ロウソクの科学 市岡元気慣習 宝島社
ロウソクの科学 ファラデー著 三石巌訳 角川文庫
世界をうごかした科学者たち 天文学者 ゲリーベイリー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 医学者 サランテイラー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 物理学者 ゲリーベイリー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 生物学者 フェリシアロー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 化学者 ゲリーベイリー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 工学者 ゲリーベイリー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 数学者 フェリシアロー著 サランテイラー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
世界をうごかした科学者たち 地質学者 フェリシアロー著 本郷尚子訳 ほるぷ出版
学研まんがでよくわかるシリーズ モーターのひみつ まんが:おぎのひとし 構成:YHB編集企画