2016年6月16日、陣痛促進剤を2日連続で打った翌日の朝の内診で鈴木先生は言った。
「赤ちゃんが降りてきてないですね、、。レントゲンと心電図撮って確認してみましょうか。」
それらの検査の予約を取り、比較的元気だった私は、大きなお腹をかかえて地下1階のレントゲン室と2階の心電図の
セクションに行った。レントゲンはこの週数になっていれば撮っても大丈夫とのこと。
病棟に戻ってしばらく横になっていると、今日1日休みをもらえた一起さんが病院に到着し私は彼の顔を見て安心した。
9時40分に一起さんも一緒に鈴木先生の説明を受ける。
「まず先ほどのレントゲン写真ですね、、。」
パソコンの画面に映ったのは、私の骨盤の写真。通常より縦に長い楕円形であり、赤ちゃんの頭蓋骨がぎりぎり通らない
可能性があり、児頭骨盤不均衡という状態だった。
「2日間促進剤やって子宮口も3−4p開いているのに赤ちゃんが降りてこないというのは、もう1日促進剤やっても厳しいんじゃないかと思います。なので40週過ぎて赤ちゃんも大きくなっていますし、帝王切開で出してあげるのがいいかなと思うんですね。」
手術自体は1時間もかからず、赤ちゃんが先に病棟に戻り、その約1時間後に縫合を終えた私も帰室する。
私と一起さんはその説明を聞いた後、承諾書にサインした。そして手術はオペ室と調整して早速今日の午後行うことになった。
私たちがベッドサイドに戻ると、すぐに担当看護師が手術後の経過とスケジュールについて説明し、引き続き麻酔科のドクターが術中に使用する硬膜外麻酔の説明をしに来てくれた。看護師いわく、術中聞くための音楽機器の持ち込みはできますとのこと。そして、荷物整理、剃毛処置、シャワーを慌ただしく終えるとあとは、オペ室からの呼び出しを待つのみとなった。私は昼前からベッドに横になり、一起さんは地下食堂にお昼を食べに行った。
13時25分、担当の看護師に付き添われて、420病棟から3回の集中治療室へ。この部屋のドアの間で一起さんとは握手して別れる。彼はやや緊張した表情だったのに対し、私は既に肝が据わって笑顔だった。
治療室への自動ドアを通過して20メートルほど歩くと、薄青色のオペ服を着た5、6人の人が私を迎えてくれて、車いすに乗るよう促された。彼らが帝王切開手術のメンバーで、1人1人が私に名前を述べて挨拶してくれる。鈴木先生もメンバーの1人であった。
自分が受ける手術名、アレルギーの有無を確認後、さらに2つの自動扉を通過し、手術部屋に入った。そこは天井も高く巨大な空間だった。私が2日間過ごした陣痛室には、5つのベッドとトイレがあったが、その部屋の2〜3倍は広い気がした。部屋の中央には、手術台があり、私は車いすから台の上に横になるように促された。仰向けになると、術野を照らすための直径1.2メートルはありそうな巨大なライトが、私の目に入ってきた。
「ああ、これから私が受けるのは、外科的手術なんだ。」
という緊張感と高揚感が胸中にこんこんとわいてくる。メンバーによって、私が着ていた手術着は外され、真っ裸の状態になった。と同時に全身にタオルがかけられる。
まず一番最初に行われたのは、背骨における局所麻酔だった。仰向けから横向きになった私の背骨を、麻酔担当の人が丁寧に触り、背中の中央部から株にかけて注射針を2、3回刺す。その後に硬膜外麻酔の針とチューブが挿入されたようだが、その刺激はほとんど感じなかった。私はまた仰向けに戻った後、助手の人に頼んでPSPとスピーカーを取ってもらい、ウェディングパーティー時の音楽を再生した。Welcome用に作ったクラシックの音楽が流れ始める。その間もメンバーは右に左に動き、色々な準備がなされている様子がわかる。
私の首の上20センチほどのところに金属のバーが設置されタオルがかけられた。これが目隠しで術野、つまり腹部の方向が見えなくなる。その腹部に覆い布がかぶせられテープで固定される。切除部だけを露出するための手術用の布なのだろう。
麻酔担当の人がアルコール綿で私の肩を拭き
「ひやっとしますか?」
「はい。」
「じゃ、これは?」
と言って腹部を拭く。拭かれたのはわかるが、ひやりと冷たい感じはしない。
「いや、わからないです。」
これで麻酔のかかり具合を確認していく。最初は自分の意志で足先を動かすことができたが、徐々に下半身全体が切り離された状態になった。
助手の人が私に顔を近づけて
「触られる感触はあると思いますが、痛みはブロックされていますから。」
と不安を打ち消してくれた。
準備が整い、執刀医の鈴木先生とメンバー全員が私の周りに並び、
「中山あゆほ様、2016年6月16日、13時50分、開腹式帝王切開手術を始めます。」
と宣言。
「よろしくお願いします。」
と他のメンバーの声が呼応した。
すぐにカチャカチャという金属音が聞こえ始め、ドクターが腹部に手を当てて、おそらく鋏かメスでザクザクと切る感覚が伝わってくる。
麻酔というものはすごい。痛みなしに、腹部切開ということを可能にする。帝王切開技術が確立されている現代に生きていることを心から感謝する。
Welcome用のクラシックの極右が次々に進んでいった。それらを聞きながら、パーティーのことを思い出すと同時に私の腹部が今どうなっているのかが気になる。そのうち、十分に切開し終えたのか、私の腹部はぎゅうぎゅうと手で押され始めた。まるで空気が一杯に入った浮き輪を何度も押して空気を抜いていく感じである。
すると
「ふぎゃ!」
という声とともに、何かが引っ張り出され、
「えっ、もう生まれたの? 速い!」
おそらく鈴木先生の手術開始宣言から、30分経っていなかったのではないだろうか、私が驚いている中、
「ふぎゃあ、ふっぎゃああ。」
という産声が聞こえてきた。何かが喉に詰まっているような泣き方で、苦しそうで心配である。曲目は、タイミングよく、パーティーの新郎新婦入場時の音楽となった。
「赤ちゃん、準備できたらすぐにお見せしますね。」
と助手の人が言った。
部屋の隅で体を洗ってもらった後だろうか、赤ちゃんが私の目の前に運ばれてきた。
「元気な女の子ですよ。髪の毛ふさふさ。」
本当に黒髪が豊かな子で、目を真一文字にしっかり閉じて額にしわが寄っている。目にじわりと涙が浮かんだ。
「赤ちゃん何グラムですか?」
「それは、4階に戻ってから測定しますよ。」
とのこと。
私の腹部にはまだ処置が続けられており、
「胎盤出ました。」
という声が聞こえた。赤ちゃんは一足先に手術室を出て一起さんと対面し、420病棟に戻る。私にはまだ縫合の処置がある。
赤ちゃんと対面後、私はPSPの音楽を止めてもらい、いつしか体が軽くなっていることを改めて実感した。そして、上部の術野を照らすライトの反射部分に、縫合の様子が映っているのに気付いた。露出している部位が鮮血で真っ赤である。自分が外科的処置を受けたこと、かつ痛みをブロックしている麻酔の偉大さを改めて思う。針と糸によって傷口が縫い合われていく。そして最後は医療用ホッチキスで、私の腹部はパチンパチンと閉じられていった。
その間、鈴木先生と助手の人は、大学のことなどを話しており、また他のメンバーの人は
「もしよかったら病院のCDをおかけしてもいいですか?」
と私に尋ね、
「あっ、いいですよ。」
その後低音量で聞こえてきたのは、ビートルズ。部屋の中には、山場を越した後の、穏やかな余裕ある雰囲気が漂っている。
縫合完了後、私には再度手術着が着せられ、メンバーに支えられて木の板の上を滑りベッド上に移動した。彼らの
「おめでとうございます。」
という声に
「ありがとうございます。」
と返答し、私を載せたベッドは手術部屋を出た。そして一番最初の自動ドア手前で、420病棟の看護師さんに引き渡されたのが3時30分で、廊下に出るとそこには一起さんが待っていた。
「一起さん、一穂ちゃん見た?」
「うん、かわいかった。」
普段はほとんど相好を崩さない一起さんが口元を緩めた。
「泣いてた?」
「うん、ピーピー言っていた。」
ああ、頑張って生んだ甲斐があったと思う。
翌日、手渡された母子手帳記載の記録によると、出生時間は14時19分とあった。つまり、分娩までが約50分、その後の縫合も約1時間でほぼ同時間かかったことがわかる。
420病棟に戻った後、一起さんは新生児室で撮った一穂ちゃんの写真と画像を見せてくれた。もうすでに目をぱっちり開いている様子や沐浴をして満足げな姿がディスプレイに映る。ただただかわいくて愛らしい。
その後頻繁に血圧測定や点滴交換のために看護師が訪れ、その度に一起さんはいったん外に出た。そして今夜一晩状態を管理するための色々な装置がつけられた。心電図、尿管、指先には酸素測定器、硬膜外麻酔の疼痛緩和剤のチューブ、血栓予防の足マッサージ器、そして点滴と何本の管がついているのかわからないぐらいだった。そんな中、戻ってくると一起さんは無言で私の手を握り締めてくれた。
一起さんの帰宅後、8時過ぎに、看護師が一穂ちゃんを枕元に連れてきてくれる。まだほとんど母乳は出ないが、吸われると刺激になるからと、看護師は私に一穂ちゃんを抱かせてくれた。
まるで燕のヒナのようにパカッと口を開けるのでそこに乳首を加えさせると、真剣なまなざしでおっぱいを吸い始める。ものすごい吸引力。赤ちゃんの吸うという力は本能なんだとしみじみ思う。
左右を5分ずつ吸わせた後、看護師はウトウトし始めた一穂ちゃんと私を2人きりにしてくれた。色々話しかけてみる。11日も遅れたこと、帝王切開やこの病院のこと。品川のうちにはかずほちゃんのためのいろんなグッズが用意してあること。戸越銀座やムサコ商店街のこと。行きつけの魚屋や八百屋のこと。一起さんのこと。私の声が、一穂ちゃんには心地よく響いてるかしら、
と思う。
私の腕の中で気持ちよさそうに眠る一穂ちゃんにとりあえず、今日の私の想いを語り終えたころ、看護師さんが来て一穂ちゃんは新生児室に預かりとなった。私はその後も胸が一杯で、また多くの管で体の自由が大幅に効かなかったせいかなかなか寝付けなかった。
また体温が38度前後あったが、帝王切開でほとんど痛みを感じず産んでしまったことが経腟分娩の人に対して申し訳ない気がして、汗だくになりつつもただじっと耐えていた。
しかし検温に来た看護師さんに無理しているのを見抜かれ、説得されて座薬を入れる。すると10分もしないうちに解熱効果があり、体は一気に楽になった。
気づくと12時を回っている。一穂ちゃんが生まれて第2日目開始。
6/14 1000420病棟1020内診バルーン1040心音1140促進剤開始1230お昼1250トイレ1340トイレ1425トイレ1550トイレ1800点滴終了&トイレ&夕飯1850一起帰宅1900シャワー1915トイレ2010トイレ2145トイレ2330心音開始2350トイレ
6/15 425トイレお印630トイレ&心音740朝食845トイレ900心音開始930促進剤開始1100トイレ1215お昼1240トイレ1355トイレ1450トイレ1500おやつ1545内診1550トイレ&ナプキン大に変える1610心音終了1715トイレ1810夕飯1840トイレ1930シャワー2040一起2100心音2130心音終了&一起帰宅2240トイレ2330トイレ2400抜針願い
6/16 220トイレ630トイレ&心音700心音終了740朝食800トイレ830トイレ850内診&レントゲン&心電図940一起も一緒に説明1000看護師説明&麻酔科説明&荷物整理&剃毛1125シャワー1130トイレ1320トイレ1330手術室1415出産1545帰室ホ頻繁に検温、血圧測定、子宮収縮剤と維持液の点滴1830一起帰宅&2000授乳、話しかけ&維持液頻回交換2230尿意あり訴え2240座薬&楽になる
6/17 010維持液と子宮収縮剤点滴605採血検温傷口チェック維持液交換650洗面歯みがき&日記900足マッサージ機解除&尿管解除915座薬&体拭き&着替え&ストッキング、腹帯、心電図解除1030授乳室へ1040貧血で立てず、車椅子でベッド戻る&頻繁に血圧測定で80横ばい&点滴解除1220お昼&経口子宮収縮剤1430自力トイレ1450授乳室へ&授乳指導1615電話書類依頼1730授乳1815トイレ1820夕飯&一起1920一起帰宅1930ガス出る2015トイレ2020授乳2100貧血でふらつき車椅子でベッドへ2120経口鎮痛剤&笑ったり欠伸したりすると痛いのはおそらく傷口の痛み
6/18 140トイレ&歯みがき630検温血圧710授乳断念740朝食810トイレ940トイレ1015回診&背中痛み止解除&体拭き1030授乳1140トイレ&DVD1215売店1230お昼1300トイレ&授乳1400島崎さん1445ベッド移動1500昼寝1600トイレ&授乳1805トイレ1820夕飯1840一起1900ベッドサイドで授乳2000一起帰宅2150トイレ
6/19 610トイレ&授乳740朝食920回診&下剤希望940下剤挿入950排便1000授乳1100一起&吉野&みきこ1240お昼1310一起帰宅1400好子1420一起1430トイレ1600好子帰宅1620一起帰宅1630授乳1800トイレ1820夕飯2000トイレ2010授乳2120トイレ2330授乳2355トイレ
6/20 1300廊下授乳215授乳330泣き&抱っこ&添い寝600トイレ610授乳700朝食配膳&一穂預り920朝食935トイレ950回診1010レントゲン1025授乳1130シャワー1150座薬1205排便&トイレ1230お昼1330有田1420授乳1545おやつ1600トイレ1800授乳1900まほろみほな1940藤岡2030授乳2400授乳
6/21 200預り600トイレ&授乳750朝食925トイレ1000授乳1025トイレ1030調乳指導1120授乳1230お昼1300藤田1335排便&売店&水汲み1400授乳1540トイレ&おやつ1740回診1750爪切り&排便&トイレ1800授乳1840一起&夕飯1930一起帰宅&トイレ&シャワー2100排便&トイレ2110授乳
6/22 130授乳340一穂便440トイレ&排便&授乳620一穂起きる&マッサージ645トイレ&排便2回730授乳810朝食930トイレ950回診1015抜鋼1030授乳1210お昼1410排便1430授乳1530おやつ&沐浴DVD1820夕飯&ベッド授乳1900授乳1930シャワー2030発熱&採血2100ベッド授乳2100授乳2140採血結果炎症高い2330授乳
6/23 130授乳650トイレ&授乳740朝食825トイレ&排便830退院指導900トイレ930内診エコー異常なし1015授乳1030ベッド授乳1135トイレ1215お昼1230授乳1315トイレ1430沐浴指導1500授乳1550おやつ1600トイレ&排便1615水汲み1730すーちゃん1815ベッド授乳1900一起1955一起帰宅&シャワー2130授乳&お預け
6/24 445トイレ500お迎え&搾乳100ml&630授乳730トイレ&排便740朝食1000一起1015授乳1140会計1240退院